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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第282回:空港チェックに裸で抗議

更新日2012/10/18



アメリカの空港での安全チェックには本当にウンザリさせられます。ヨーロッパ、日本でも同じ基準の安全チェックを行っているのですが、礼儀正しく、手際がよく、素早く通過できます。ところがアメリカとなると、まず長蛇の列の後ろに並ぶことから始めなくてはいけません。

搭乗券をもらうチェックインカウンターに辿り着くまでが第一関門で、無愛想、ツッケンドンを絵に描いたような航空会社の職員に対応され、チェックインする荷物に手数料を取られ、それからやっと安全チェックを受けるのですが、これがまた、牛、馬なみの扱いなのです。

しかも、ほとんどの空港は建てられた時、テロ対策、厳重な身体検査、持ち物検査をすることになろうとは予想していませんでしたから、国内線を乗り換えるとき、ターミナルを移動するたびに安全チェックを受けなければならない空港がたくさんあるのです。

アメリカの空港の安全チェックは、TSA、交通安全局(Transport Security Administaration)という半官企業が一手に引き受けています。この職員たちはトレーニングを受けて現場の仕事に就いているのでしょうが、引退に失敗したお年寄りや、他の仕事に就くことができないような人たちが最低の条件で働いているのです。そのような人ばかりではないでしょうけど、能力のない人間に一旦制服を着せ、権力を与えるとこうなるという典型を見ることができます。放漫、無愛想、投げやり、命令口調、仕事の効率は限りなくゼロに近く、アメリカのサービス業の見本みたいなものです。

その上、ピストルや爆発物、ナイフ、催涙弾、発煙弾を見逃し、そのまま機内に持込みを許したり、安全局の職員が盗みを働いた事件が多くなりました。

空港での交通安全局のチェックを受けるために、長い行列に並び、亀のようにノロノロ進み、やっと自分の番が回ってくると、ベルト、靴、ポケットの中のモノすべて、帽子、メガネ、ジャケットなどを脱ぎ、または取り、ベルトコンベアーに乗せなければなりません。人間様はシャツ、ブラウスにスカート、ズボンだけでX線のトンネルをくぐります。なんだか、これから収容所か刑務所に入れられるみたいです。一緒に辛抱強く並んでいる人たちと、もうすぐ素っ裸にさせられる日が来るわね…と冗談を言い合ったりします。

ところが、本当に素っ裸になった人がいるのです。ジョン・ブレナン(John E Brennan)さんはハイテックのコンサルタント業を営む50代の男性です。仕事でよく飛び回り、TSA(交通安全局)のセキュリーチェックのやり方に日頃からウップンが余程溜まっていたのでしょう。彼の住むポートランド市の国際空港で、X線の放射トンネルをくぐることに抗議して、そんじゃ、俺、裸になってやろうじゃないかと、服だけでなく、下着もすべて脱いでしまったのです。

最近の恐ろしいというか、著しい特徴は、あらゆるところに目があり、『壁に耳あり、障子に目あり』どころか、そこいらじゅう、どこにでも目と耳があることです。100パーセント近くの人が携帯電話を持ち歩き、その携帯電話の大半にカメラが内臓されています。しかも、私たちが知らないうちに監視カメラがそこここに設置されています。

一昔前と違うのは、You Tubeなる大手マスコミ、新聞、雑誌社を経由しないで、一挙に映像と音が全世界に流れることです。ジョン・ブレナンさんのヌード写真も修整なしでYou Tubeに流されました。

好奇心旺盛、覗き見趣味のある方は、どうぞYou Tubeでブレナンさんのオールヌードを覗いてください。でも、50代の太り気味でたるんだお腹、アメリカの中年の男性の全裸にプレイガールに出てくるマッチョマンや若い俳優、男性モデルを期待してもらっては困ります。

ブレナンさん、逮捕されましたが、罪状はワイセツ物陳列罪のないポートランドでは、駐車違反の刑ほどのことでした。警察のスポークスマンも、慇懃にこんな事件早く片付けたい様子でしたが、ブレナンさん、これはTSAのやり方に対する抗議だとして、裁判まで持ち込みました。 

裁判では、デイヴィッド・リーブ判事、短時間で"お構いなし"の判決を言い渡しました。ですが、これにはオレゴン州、ポートランドという特殊な事情がからんでいます。

毎年、全米各地で(主に北西部の街ですが)行われる、『裸で自転車に乗ろう』のパレードで、ポートランドは今年1万人以上の人が裸で自転車に乗り、街中をパレードしているのです。もちろん1万人も逮捕するわけには行きませんから、官憲も黙認、放任のイベントなのです。

同じ裸の抗議をアメリカ南部の田舎町の飛行場で黒人がやったら、話は全く別の展開になっていたことでしょう。

ブレナンさんの裸の抵抗にもかかわらず、アメリカのTSA(交通安全局)の無愛想、ツケンドン、効率の悪いチェックは全く変っていません。

 

 

第283回:禿げの効用

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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