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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第441回:生き物としての言語~変化する日本語

更新日2015/11/26



言語は生き物です。時代と共に使う単語も文章の構成、書き方も、文法自体も変わっていきます。とりわけ、移民で成り立ってきたアメリカのことですから、たくさんの国々の人々が持ち込んできたたくさんの言葉を取り入れ、現在の米語になっています。

恐らく日本語の歴史でも、たくさんの漢語、中国語、朝鮮語を取り入れ、日常的に使われてきたことでしょうし、大戦後には目を覆いたくなるほどの外来語、とりわけコンピューター、インターネットが広がってきてから、和製英語というのか、極端に省略し、縮めた暗号のような外国語が普通に使われるようになってしまいました。

「メールをチェックし、それからフェイスブックを覗き、ユーチューブでK-ポップを見る」、なんて言っても、99歳の私のお姑さんでなくても、お年寄りには意味は通じないでしょうね。

日本語を文法から入って習うのは、外国人にとって不可能に近いことです。日本語にはもちろんちゃんとした文法がありますが、あまりに例外と習慣的用法が多くて、日本語を文法でバッサリと切ることができないからです。

たとえば、主語の後に来る"は" と"が"の違いを明確に、文法的に説明したテキストに出会ったことがありません。それに、日本語は会話でも本でも省略が多く、逆にイチイチ主語を入れると、シツコクなり、いかにも外国人日本語になってしまいます。

主語だけでなく、述語も盛大に省きます。レストランでウエイトレスに注文をする時、「俺、うなぎ」「私もそれでいい」式の日本があります。誰でも、彼がうなぎでないことを知っていますから、「私はうなぎを頂きます、うなぎを頼みます」と言わなくても暗黙の了解が成り立っています。

他の人より多少は本を読み、日本語の知識を持っているらしい私のダンナさんに、日本語文法の質問をしても、「ウ~、ア~、そうだったかな~」とはっきりしないことオビタダシク、彼自身が大きな辞典を引っ張り出して調べることになるのがオチです。逆に私が行う英文法の期末試験など、ネイティブスピーカーであるはずの私の生徒さんよりも、彼の方がはるかにデキがいいのです。

もちろん、自国語は自然に耳から覚えますから、文法など必要とせずに身につきますが、文法を無視して外国語を学ぶことは難しいという事情はあるでしょう。

私の文法の(米語のです)クラスに時々外国人留学生が入ってきます。主だったアメリカ人の生徒さんは、小中学校の先生になるため必須科目として、嫌々、しょうがなく取っています。外国人留学生が英文法に長けているのは、もう慣れっこになってしまいましたが、今いるドイツ人のシモーナは、他のアメリカ人学生全員がバカに見えるほど際立って優秀です。

レポートも試験でも群を抜いた英語を書くのです。ただ、間違いがないというだけでなく、理論の展開の仕方、表現力、ボキャブラリーにも、アメリカ人学生との間に格段の違いがあるのです。いったいアメリカ人の学生はどうなってしまったのでしょう……と嘆きたくなろうというものです。

ただ、彼女の英語は文法的にあまりに正し過ぎる、1950年代の正統的な書き方なので、古臭い英語の感じがします。そんな風に書けること自体素晴らしいことなのですが、どこか堅苦しい印象が残ります。

米語は常に変化していきます。イギリス英語の方はもう少しゆっくりとしたペースで、それでも変わっていっています。それにしても、今、フレデリック・フォーサイスのスパイミステリーを楽しむことができる人なら、充分にシェークスピアを読むことができるでしょう。ところが、日本語の方はそうはいかないようなのです。

東野圭吾のミステリーに親しんでいる人で、源氏物語とまではいかなくても、ほんの二、三百年前の近松門左衛門や井原西鶴を楽しんで読める人は少ないでしょう。ウチの雑学大家らしきダンナさんでも、スラスラと読めないと言っています。

源氏物語の現代語訳は、谷崎潤一郎や瀬戸内晴美の"翻訳"で現代人も楽しめますが、シェークスピアの現代英語訳というのは存在しません。せいぜい注釈が付く程度です。私たちの古くからの友人であり、独自の哲学と文体を持った谷口江里也さんが、この『のらり』に『方丈記』、『奥の細道』、そして今、『枕草子』を現代の日本語に訳して掲載する所以です。

うちのダンナさんのお祖父さん、お祖母さんが、彼の父親に宛てた手紙が出てきました。 巻紙に毛筆でスラスラと流れるように書かれた、それは美しい手紙です。ほんの百年チョット前に書かれた手紙ですら、ダンナさん判読に一苦労しており、しかもきれいに崩した草書の読めないところが結構あったのは驚きです。

私のお祖父さんは第一次世界大戦で兵役に取られました。その時、どこかの基地からお祖母さんに宛てた手紙は、恐らく今の中学生なら誰でも読めるでしょう。

ダンナさんに、日本では中学校や高校で『古典』を外国語を習うように勉強させられると聞き、いったい日本語がどれだけ変化し、かけ離れた外国語のようになってしまったのか唖然とさせられました。

西欧で古典と言えば、ギリシャ語やラテン語で書かれたホメーロスのオデッセイやソクラテス、プラトンの2500年以上前のコトになるのですが…。

 

 

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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