■店主の分け前~バーマンの心にうつりゆくよしなしごと

金井 和宏
(かない・かずひろ)

1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
Lis. master's voice

 


第1回:I'm a “Barman”.
第2回: Save the Last Pass for Me.
第3回:Chim chim cherry.
第4回:Smoke Doesn't Get in My Eyes.
第5回:"T" For Two.
~私の「ジュリーとショーケン」考 (1)

第6回:"T" For Two.
~私の「ジュリーとショーケン」考 (2)

第7回:Blessed are the peacemakers.
-終戦記念日に寄せて-

第8回:Ting Ting Rider
~マイルドで行こう

第9回:One-Eyed Jacks
~石眼さんのこと

第10回:Is liquor tears, or a sigh?
~心の憂さの捨てどころ

第11回:Hip, hip, hurrah!
~もうひとつのフットボールW杯開幕

第12回:Missin’ On The Phone
~私の電話履歴


■更新予定日:隔週木曜日

第13回:Smile Me A River ~傍観的川好きの記

更新日2003/11/06


小さい頃から川が好きだった。そうは言っても川で泳いだ経験もなく、川釣りもほとんどしたことがない。ただ、いつも橋の上から河を眺めたり、ほとりに座って水面をぼんやり見つめたりしているだけだ。積極的に川で遊ぶことよりも、じっと河の側にたたずんでいることの方が性にあっているらしい。

《最初に「川」と書いたり、「河」と書いたりしたが、私の中にはその双方に関するはっきりした区別はない。この後も、その「かわ」を思い描いたときのイメージで漢字を割り振っているだけなので、統一性がなく紛らわしいかも知れないが、どうかご容赦いただきたい。》

仕事帰りに飲んでしまい、自転車でなく始発ないしはそれに近い電車を利用して帰宅することがある。途中二子玉川駅で乗り換えるのだが、この駅のホームが多摩川にかかる橋梁の途中まで、かなりの長さで延びている。乗り換えるのに時間があるときは、私はホームの端までゆっくり歩いていって、左手に広がる下流側と、右手に広がる上流側を交互に見る。

ちょうど春が始まる4月初めや、秋が始まる9月の中旬頃は日の出の時刻と重なるため、東の彼方から酔眼には眩しすぎるほどの光の塊が上ってきて、それが多摩川の川面に反射して殊の外美しい。また、台風が来ているときのような風雨の強い日は、河はいつもと違った荒々しい表情を見せていて、これには怖いほどの美しさがある。

逆に仕事に行くとき、ごく稀にこの駅を利用する夕刻は、急いでいるのでホームの端まで歩くことはまずないが、夕陽が川面に映っているときなどは、つい足が止まってずっと見入ってしまい、電車1本乗り過ごしてしまうこともある。

海のない県で生まれ育った私が、初めて海を見たのが小学校1年生の時で、はっきり記憶にないが、その時は怖くて波打ち際に行けず、海から50メートルも離れた位置から一歩も動かなかったという。今はさすがにそんなことはないが、海に対する恐怖心は消えず、積極的に「海に行こう」という気持ちにはなれない。

私は、海よりも川の方がはるかに好きなのだ。広く蕩々と流れる河もいいが、一跨ぎで渡ることのできるような小川も、またとてもいい。川のそばにいるだけで、心の中の屈託が解れていくような気さえする。

よく真っ黒に日焼けした姿の「海の似合う男」という言い方をするが、「川の似合う男」という言い方はない。できれば「川の似合う男」第1号になりたい気もするが、はたしてどういう特徴を持った男なのか、私にもよくわからない。

東京に来る前に何回も家を代わったが、不思議と川のそばに住むことが多かった。上京してからも多摩川の近くがとても好きで、20年少し前から中町、奥沢、そして用賀と、昔の住所で言えば「玉川~町」と呼ばれる場所を転々としている。

多摩川の他にも、川の側をよく歩く。柴又帝釈天に行った後は、江戸川の河川敷をぶらぶら歩くのが何より楽しみだし、なつかしい名曲「神田川」に誘われて、面影橋のある界隈にも何回も出掛けた。あまりメジャーとは言えないが、善福寺川や目黒川も私のとても好きな川だ。最近まったく足が遠のいてしまったのがとても残念な気がする。

海外に出たときにも、河との関わりは多い。新婚旅行で行ったインドで、バラナシにあるガンジス川を訪れた。ガートと呼ばれる石段の沐浴場は、想像とは違ってとてもにぎやかな場所だった。

夥しい数の人々の沐浴に混ざって、私もパンツ1枚になって河の中に入っていった。以前から聞かされていた濃い黄土色をしたまさに泥の河だったが、なぜか汚いという意識はなかった。それも、以前から聞かされていた「聖なる河」のイメージからかも知れない。

河の中に立っていると、近くにいた中年の男性が、「手を合わせ、目を閉じてもぐりなさい」という仕草をするので、その通りにしてみた。水中で聞こえる「ゴーッ」という音が、プールの中のそれよりもかなり大きく聞こえた気がした。目を開けてみようと一瞬考えたが、さすがにそれはためらってしまった。

河から上がると私たちのガイドさんが「今まで何十人と日本人をここに案内したが、ガンガーの中にもぐったのはあなたが初めてだ」と言って笑った。いつもと違って積極的な行動に出たのが照れくさかったが、河好きの面目躍如かと、少しうれしい気がした。

スコットランドのインヴァーネスを訪れたときのことだ。彼の国にしてはめずらしく、青空が広がった日のお昼過ぎ。ネス湖から北海に流れるネス川の、川岸の小さなベンチに座って川面を見ながら、私は一人サンドウィッチを食べた。

対岸には教会の尖り屋根を始め古くからの建造物が建ち並び、カモメが低く飛び交ってゆったりした時間が流れていった。キラキラ光るさざ波を見ながら、私は自分だけがこんなに贅沢な時間を過ごしていることが、とても申し訳ないことに思えた。

英国をまわった後、一日だけ行って来たパリの、セーヌ川の落陽の光景には文字通り言葉を失った。人々が橋の上から眺める夕焼けが美しく映える川面を、観光船がかなりの速度で走り去ってゆく。目に入る景色の色彩の一つ一つが、今までに見たことないものばかりだった。

そのうちに気が付いた。光の色そのものが違うのだ。それから私は、フランスの画家の描く絵画の色彩の美しさは、彼らの手で作られたものでなく、彼らが直接目にしているものだったことを理解した。とても乏しい経験で言うのも気が引けるが、色彩に関しては今まで見た中でセーヌ川が一番美しい。

旅先で、いろいろな川に出会うたびにいつも口ずさむ歌がある。谷山浩子の「河のほとりに」というとても素敵な曲だ。
『河のほとりに 二人すわれば さざ波のかすかな 歌が聞こえる・・・』
透明感のある美しい曲で、私は今でもときどき店の中で流しては聞いている。聞いているうちに、少しずつ今まで見てきた情景が思い出されてくる。

書いているうちに、また無性に川に行きたくなってしまった。天気が良ければ、今度の日曜にでも息子と二人自転車でくりだして、川原でのんびりしてくることにしよう。

 

 

第14回:A seagull is a seagull
  ~シンガー・ソング・ライターが歌わせたい女


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