第14回:A seagull is a seagull
~シンガー・ソング・ライターが歌わせたい女
更新日2003/11/20
最近、一人の女性に魅せられている。彼女のことは、もう30年以上前から知っていて、たしかにその折々で素敵だなあと感じていた。しかし、4回目の年男を迎えようとするこの年になって(年をとること自体は、けして大層なことではないけれども)、彼女の魅力がしみじみとわかるようになった気がする。
芸名、研ナオコ。静岡県出身で、今年確か50歳になる。知っているのはこれぐらいで、彼女の人となりについてはほとんどわからない。私が惹かれるのは、彼女の歌う歌なのだ。そうは言っても、今まで一度も彼女のコンサートに足を運んだことはないし、CDを持っているわけでもない。
私の店では、営業中CDないしは有線放送でジャズを流しているので、お客さんの入られる前の時間に有線放送にリクエストの電話を掛け、ひとり秘かに彼女の歌を聴く。ベストの入ったCDを買おうかとも考えるのだが、そうなれば、きっと擦り切れるまで(レコードではないのだから、こういう表現はしないのだろう)何回も、何回も聴き込んでしまい、耳に慣れすぎるのが嫌なのだ。
聴きたいときに1曲だけ、耳を澄ませて大切に聴く。私にとっては、彼女の歌はこういう聴き方をするのが一番いい。
彼女のディスコグラフィーを見てみると、71年4月、17歳の時「大都会のやさぐれ女」でデビューとあるが、残念ながら私はこの曲を知らない。そして、1年ぐらいはちょっと不良っぽい感じの曲を歌っていたようだ。
その後2、3年は「京都の女の子」や「うわさの男」などのボーイッシュで明るい路線のポップスを、テレビなどで歌っていたのは憶えている。その頃は歌手、研ナオコというよりも、彼女のそのキャラクターから、コミカルなタレントとしての印象の方がはるかに強かったように思う。
彼女の歌手としての才能が初めて多くの人に知られるようになったのは、何と言っても、阿木燿子作詞・宇崎竜童作曲の「愚図」だろう。ディスコグラフィーを見ると、75年9月のリリースとある。当時、シングル盤のジャケットがそれまでの明るいカラーのものとは一変して、渋いモノクロになっていたのがとても印象的だった。
『あの娘がアンタを好きだって こっそりあたしに打ち明けたとき…』
自分の本当に好きな男と、女友達を引き合わる役回りを演じてしまう「愚図」な女のひとり語りが、聴く側の心をしめつける。レコードが出たときは「この人に、こんな歌が歌えるのか」、初めて知った彼女の意外な魅力に、正直驚いた。
この阿木・宇崎夫妻のコンビの歌を皮切りに、研ナオコは何人かのシンガー・ソング・ライターの手による曲を歌うようになる。そして、それらの曲が多くの人々の心をつかむヒット曲になっていくのだ。
とても歌のうまい歌手なので、いわゆる専門家である、阿久悠が詞を書き、筒美京平、森田公一、都倉俊一などの錚々たる作曲家が曲をつけた歌もかなりの数あるが、不思議と大きなヒットにはつながっていない。
シンガー・ソング・ライターとは、基本的には自分で作った曲を、自らが歌って表現したい人たちである。その人たちが自らの曲を託すわけだから、その曲をよく理解し、しっかりした表現力を持って歌える歌手であることが要求される。研ナオコには、それに見事に応える力があった。
中島みゆきの作った「あばよ」『何もあの人だけが世界中でいちばんやさしい人だと・・・』
「強がりはよせよ」『強がりはよせよと笑ってよ 移り気な性質だと答えてたら・・・』
は同じシングル盤のA・B面の曲だが、今でも研ナオコのベストには必ず2曲とも入っているという名曲。A面では少し突き放したような歌い方なのに、B面の曲になるとひとつひとつの言葉をていねいに歌っていて、その表現の方法はまったく違う。
それからしばらくして出された、同じく中島みゆきの手による「かもめはかもめ」『あきらめました あなたのことは もう電話もかけない・・・』は、二人のコンビによる最高の作品だと思う。作り手の意図した息遣いまでも、歌い手は完璧に歌い表している気がするのだ。
桑田佳祐作の「夏をあきらめて」『波音が響けば 雨雲が近づく・・・』
では、今までとは違うフィルターのかかったようなしわがれ声で、最後まで抑揚を抑えた歌い方をして曲の雰囲気を作っている。
そして、小椋佳の作品「泣かせて」『楽しい想い出ばかりだなんて言わないで そんなことは何のなぐさめにもならない・・・』
にいたっては、透き通るような彼女の歌のうまさに惹かれて、言葉を失ってしまう。
シンガー・ソング・ライターが作った彼女の歌に出てくるのは、いつも哀しい女だ。その哀しい女たちはいろいろなストーリーを持って、私たちの前にしばらくの間(そう、だいたい3分かそれぐらいの時間)姿を見せてくれる。
研ナオコの歌を聴いていると、例えば涙を拭こうとして手元のハンカチに目を落とすような、そんな彼女たちの表情の些細な動きまでが見えてくる気がする。
聴き終わると、女の人の心が少し理解できたような心持ちになる。けれども、理解したところで今さら仕方ないかと苦笑いしてから、酒瓶に手を伸ばそうとしたその時、まだ仕事前だったことに気が付く。「まだ飲むわけにはいかないな」、私はもう一度苦笑いしながら、ボトル棚の上を拭き始める。
第15回:Good-bye
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