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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第525回:山でクマと接近遭遇したら…

更新日2017/08/17



長い夏休み(これは教職の唯一の役得ですが…)の半分は、私の年老いた両親のもとで、そして後の半分は自分たちのために過ごすことにしています。と言うことは、ひと月以上、山歩き、キャンプをして過ごします。

この界隈だけですが、コロラド州、ユタ州の山々に登り、少しは経験を積んできました。初めの頃は有名な山、コロラドで14ナーズと呼ばれている1万4,000フィート以上(4,270メートル~)の山をしらみつぶしに登っていましたが、ここ3、4年は高さに拘らずに、あまり訪れる登山者がいない山を狙い、キャンプし登ってきました。

去年、今年と登った山で他の人、誰にも全く会わない山が幾つもありました。人が行かない分だけ、野生の動物が多く、毎朝、若い鹿の集団、角にフワフワの毛が着いたままの大鹿や長く大きなシッポを引きずるっている狐、賑やかな小鳥の合唱を堪能できるのです。少し奥に入ると動物たちも人間を恐れなくなり、鹿など、テントを張っている細いロープに足を引っ掛けるほど、近寄ってきます。

それに勇気付けられ、今年もオハイオ・ピークという、年間登る人が何人もいないような、およそ人気のない、登山道など全くついていない山に登り、大いに満足して標高1万フィート(3,000メートルくらい)の麓に張ったテントまで引き返し、火を起こし、キャンプファイヤーが丁度燃え盛った頃、その朝に腰掛けて朝ごはんを摂った岩にクマが陣取り、こちらをジッと見つめていたのです。

クマは望遠鏡で見ると、お尻の方が大きく、モコモコしていて、動きもなんだか愛嬌がありますが、ゆっくり動いているようで、あれでナカナカ素早く移動します。アレヨいう間に至近距離まで近づいているのです。 

先日、岡山県の渋川動物園からゾウガメ(アルダブゾウガメ)が脱走しました。このゾウガメさん、最高スピードが時速1キロしか出ません、それなのに、動物園の一斉操作網にかからず、逃走を続けました。園長さん、ゾウガメの遅いスピードを甘く見た…との見解を出していました。クマの方はゾウガメの何倍(ひょっとすると何十倍かしら)もの速さで動きますから、緊急事態、危険距離になるのに、何秒とかかりません。

テントの周りをクマが徘徊するのは、あまり気持ちの良いものではありませんし、理想的なキャンプの状況ではありません。第一、クマの爪なら薄っぺらなテントなんか障子を引き裂くようなものでしょう。
ウチのダンナさん、「オイ、あのクマ、俺にガンつけたぞ~」とか言いながらも、燃えている木を一本右手に、左手に手斧を持ってクマを牽制しているのです。でも、「オメ~、ダメだ、こんなところでウロウロしていたらダメだ、早く山に帰れや…」と、クマに日本語で話しかけているのです。 

彼の日本語での説得が効を奏したかどうか、それこそクマに訊いてみないとわかりませんが、クマさん悠然と権威ある態度でノソリノソリと山に向かって行ったのです。

私たちは、ソレッとばかりテントをタタミ、夕刻迫る山を後に下山を開始したことです。

ヒトケのない山奥に入るということは、こんな危険性があるのは知識としては十分知っていましたが、それでも山の魅力に憑りつかれるように、奥へ奥へと入ってきたのが、今回のクマとのご対面になったのです。

ヨットで水上生活をしていた時代、よくシュノーケルをして水中散歩をしました。サメと鉢合わせしたことこそありませんが、何度もサメに出会ったことがあります。ウチのダンナさんはせっかく水中銃で仕留めた魚と槍(先端に返しがついたステンレスの棒)をサメに持っていかれたこともあります。どうして今まで無事に生き延びてきたか、不思議に思うことがあるくらいです。人間は水の中に棲むことができませんから、海は完全に彼らの領域、生活圏で、危険を避けるには船や陸に上がるという水と陸という境界線がハッキリしています。

ところが山となると、私たちが暮らしている高原台地から山裾、そして本格的な原生林の山、そのまた奥の山と、野生と人間の棲み分けラインが線を引いたように明確ではないのです。人間がドンドン彼らの領域に侵入していることは間違いありませんが…。

今度のクマとの遭遇でも、鬱蒼とした森の、下生えの雑草が私たちの背より高い道のないところだったらと考えると…相当危ない…ことになっていたでしょう。一応、クマ除けの笛を持ち歩き、時々吹いて、こちらの存在をクマに知らせ、ひょっこり出くわさないよう心掛けていますが、どれほどの効果があるものか、それこそクマに訊いてみなくては分かりません。

クマ用の催涙ガススプレーは本格的なものですと1リットルのビンくらいあり、そんなもの腰にぶら下げて登山などできるものではありません。しかも、攻撃的になったクマには、効果がないどころか、逆に激情させるだけだ…というレポートもあり、リーダーズダイジェストに載った記事によると、スプレーを使った結果、噛みつかれ瀕死の重傷を負ったとあります。なんせ、彼らの世界に我々が侵入しているのですから、絶対的に彼らに全ての権利があるのです。彼らのルールに従わなくてはならないと思っています。

北海道ではヒグマのことを山親父と呼ぶそうですが、あれは本当に山の主、親父、山の神ですね。

ダンナさん、巨大なクマを見た後、「デイビー・クロケットが3歳でクマを退治したとか、金太郎がクマに跨りお馬の稽古をしたというのは、ウソだな…」と肝に銘じたように呟いていました。彼、本気で手斧一丁でクマと渡り合えると思っていたのかしら。アキレタ!

 

  

第526回:クマもケーキショップがお好き?

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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