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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第576回:落雷か? 熊か? ハルマゲドンか?

更新日2018/08/30



地球最後、滅亡の日は間近に迫っている…と、大昔から繰り返し語られ、氷河期が来る、いや、ノアの箱舟に乗らなければ絶滅してしまう、”日本列島沈没”のような大洪水だ、火山活動が活発化して地球全体が火で包まれる、いやいや、何とか流星がぶつかってくるとか、ベストセラーやハリウッドの映画に題材を提供しています。

まだまだ地球が燃え尽きるまでは時間がかかりそうですが、今年のアメリカの山火事は酷いものです。


ワシントン州のシアトルからコロラドの家まで、2日がかりのドライブでキャンプ旅行から帰ってきましたが、シアトルのすぐ東の山系を越したら、もう空、空気が濃いベージュ色に変わり、視界がグンと悪くなり、それがアイダホ、ネヴァダ、ユタ、コロラドまでの空をズーッと覆っていました。言うまでもなく山火事のせいです。

私が勤めている大学のある町に近づいたら、大気がベージュから濃い灰色に変わり、まるで汚れた霧の中を走っているほどになりました。アメリカを東西に走るインターステイト・ハイウェイ70号線が視界の悪さで閉鎖されたほどでした。町の東側に大きな野火が発生したからのようでした。

ハイウェイで町を通らずに手前のインターチェンジで降り、山の我家が燃えずに建っていたのを目にした時はホッとしました。ご近所に帰宅の挨拶の電話を入れたところ、私達とドライブウェイを共有している、郡道沿いにあるバッドとキャロルの家に雷が直撃し、家の安全器、太陽電池系、地下水を汲み上げるポンプ、テレビ、パソコンなどの電気器具一式、すべてダメになってしまったと言うのです。

全く不幸中の幸いで、燃料タンク(この辺りでは400~500リットルのガソリン、ディーゼル、冬の暖房用燃料を備蓄しています)に引火せず、家が燃えずに、山火事にならなかったのは奇跡と呼びたいくらいです。彼らの家は、私達の家から250メートルくらいしか離れていませんから、危ういところでした。

そして、もう一軒の隣人、マークとトレンシーに電話したところ、熊がガレージに闖入し、思う存分暴れ回り、中にあったスーツケースの中身までひっくり返し、マークの工具棚を倒し、微かに匂いをつけた潤滑油スプレーの缶を齧って穴を開け、噴出してきた潤滑油をかぶって慌てて逃げ出したと、マークの現場検証の結果報告でした。

マークはボクサー犬を2頭飼っており、ガレージに置いてあった何袋かのドックフードが熊の狙いだったことは間違いないとのことでした。餌を強奪されたボクサーの方は家の中にいて、うんともすんとも吠えなかったと言いますから、愛嬌はあるけど番犬としては至って役に立たない犬であることが証明されたことになりました。

さらにもう一軒のお隣さん、エイミーとポールのところでは、飼っていた黒いリトリバー犬がいなくなった、もし見かけたら是非、是非、すぐに連絡して欲しいと言っていました。その犬はやっと目が開いたばかりの子犬の時に私達が拾った犬で、ダンナさんが無数に刺さっていたサボテンの棘をピンセットで抜き、幾晩かダンナさんの脇の下に顔を突っ込むように寝たことがある犬で、それをエイミーとポールにと言うよりも、彼らの子供たちに貰ってもらった事情があります。

ここはおよそ犬を飼うには理想的なところで、広々とした森を犬たちは思いっきり走り回ることができます。それが逆に、野生の動物にとって格好の餌食になるのでしょう。飼い犬などいくら大きくても、マウンテンライオンはもとより中型犬ほどの大きさしかないコヨーテにすらとても敵いません。お人好しのラブラドールなど、クマの軽いフック一発で殺されてしまうことでしょう。

隣の子供たちは、写真入り、猛烈に下手な字で“犬探し”のポスターをアッチコッチに貼っています。状況だけの判断ですが、ラブラドールはコヨーテかクマの胃袋に収まっている可能性が大だと思います。

アラスカで熊から逃げ返ってきたつもりでしたが、自分の家の周りを熊が盛んにうろついていたとは…仰天でした。マークのガレージドアより、ウチのガラスドアの方が余程簡単にブチ壊すことができるし、何が熊を惹きつけたのか、熊に訊いてみなければ分かりませんが、ともかくも彼のガレージに侵入し、ウチが救われたのです。とは言っても、たまたま今回だけのことで、まだご近所を徘徊してるらしき熊さん、いつ当家に参上してくるか分かりません。洗濯物を干しに外に出るにも、警戒オサオサ怠りなく周りに眼を飛ばしたりしています。

この異常乾燥で山火事がたくさん発生するのは道理ですか、他にも自然界に変化が見られます。アメリカ中西部で大問題になっている米粒ほどの大きさのカブトムシ(一般にジャパニーズ・ビートル、学名:Popilla Japonica)が、乾燥して弱った松に取り付き、無数の穴を開け、枯らしてしまうのです。実にちっぽけなカブトムシですが、なにせ数が多く、しかも、次から次へとあらゆる松を枯らしていきますから、本当に始末が悪い虫です。

カブトムシ退治の薬品は、木一本につき5ドルかかります。それはいいとしても、いくら背の低いピニヨンパインやジュニパーでも10メートルくらいの高さがあり、木全体に薬をかけるのは消防車のポンプでも持ってこなければ不可能です。それに、数えたことはありませんが、私達の敷地だけでも大雑把に言って5,000本以上の木があるでしょうし、この台地全体から言って私達の土地なんて芥子粒ほどの広さですから、憎きカブトムシから森を守るのは絶望的なことです。

こんな乾燥した猛暑の前では、自然と親しむ、楽しむというのは絵空事のように思えてきます。
ダンナさん、「まだ、井戸水が枯れていないだけラッキーと言うもんだ…」と言いながら、腰に大きなボウイーナイフ、右手にマサカリのいでたちで、「クマの動向を探ってくる…」と、出掛けていきました。
ワザワザ、クマのエサになりに行くこともないと思うのですが…。

温暖化で枯れ切った森が火に包まれ、行き場のなくなった熊が人間を襲い始め、喰い尽くし、人類の最後、"ハルマゲドン"が訪れる…というのが、この高原台地の想像図のようにさえ思えてきました。

-…つづく

 

 

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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~アメリカ中西部今昔物語
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