第330回:異常気象に救われた話
私たちが山裾の台地に住んでいることは、以前、何度か書きました。松の木、ピニィヨンパインが茂り、 木立に覆われているので、ちょっとした森の風景です。森の中をデタラメに散歩すると、何本もの焼けた木が横たわっていたり、高さ3、4メートルだけ残し、上のほうはすっかり焦げた木を目にします。誰か昔、燃えた木を切り倒したような跡も見えます。これらはすべて雷が落ちた痕跡です。
夏も終わりに近づき、秋にかかると、雷のシーズンです。夜、遠くに光る閃光を見るのは、とてもきれいですし、一瞬、網膜を焼くように、周りを白く染める風景は神秘的です。でも、それも遠く離れたところで光っている分にはいいのですが、次第に近づいてきてピカッときてから、ドドッと音が届くまでの時間が7秒、5秒になり、光ってから、2、3秒で台地を揺るがすような大音響が身体に響いてくると、雷ウォッチングのような悠長なことをしてられません。
まして雨を伴わない、乾いた雷の時は、うちの仙人、船で使っていた大型の望遠鏡を持ち出し、雷が落ちた所に火の手が上がっていないか、警戒態勢に入ります。時には、チェーンソーにガソリンを入れ、いつでも現場に駆けつけ、燃えている木やその周りの木を切り倒す準備をしたりしています。まだ、一度もそのような事態になっていませんが…。
ところが、先日、夜遅く下界から(私たち、谷の町のことをそう呼んでいます)帰ってきた時、家の近くの山が赤々と燃えていたのです。エッ、ウチの山だと思いましたが、実際には4、5キロ離れた岩山の上の木立が落雷で火に包まれていたのです。
すでに地元のボランティアで作っている消防隊が現場近くの崖の下に来ていました。でも、彼らもただ見守るだけで手のほどこしようがないようでした。
風が出て、風向きが変われば、我が家、我が山に火が回るのは時間の問題だったことでしょう。
ところが、その晩から奇跡の雨が降り始めたのです。ここは、準砂漠と呼んでもいいくらい乾いたところで、谷の町や村はコロラド川の灌漑用水でどうにか緑を保っているようなところです。私たちが住んでいる高原は、下界より夜と昼の温度差が大きく、そのせいで岩や木々に朝晩、結露し貴重な水分を大気から得ています。
年間の降雨量が50ミリ程度ですから、洵湿な日本では想像できないくらい乾燥しています。そんな土地柄なのにまさに空から消防隊が駆けつけたように、一晩中雨が降り続け、しかも時々、夕立のように激しく降ったり、小降りになったりし、止まずに降り続けたのです。
これを天の助け、恵みと言わずにいられましょうか。翌朝、山火事は跡形もなく鎮火し、燻ってもいませんでした。その一晩に降った雨は、地元の気象庁始まって以来の記録的大雨で、1年間の雨量、50ミリを超えたと報道されました。
ところが、その雨雲が東に移動し、ロッキー山脈の東側に大災害を及ぼしました。ロッキー山脈の東側はフロントレンジと呼ばれていますが、特にデンヴァーの北、ルイヴィル、ボルダー、ライアン、ロングモントなどの山沿いの町は、前代未聞の大洪水に襲われたのです。私たちとって山火事を消し止めてくれた幸運の女神だった雨が、フロントレンジに住む人たちには大きな災いをもたらしたのです。
私の叔母さんの家は、空中写真で見ると(こんな風景がインターネットで見ることができるんですね)、建っているのが不思議なくらい激流の中で孤立していました。不幸中の幸いと言っていいでしょうか、叔母さんと娘さんは、大きなトラクターのシャベルに乗り移り、救出されました。しかし、急激に鉄砲水のように激流が襲ってきたので、着の身着のままで、クレジットカードすら持ち出す時間がなかったそうです。他のフロントレンジ、ボルダーに住む友人たちは、家が高台にあったこともあり、皆無事でした。
こんな災害に襲われたとき、いったい何を持って、どこへ逃げたらいいのか、大きな問題です。ウチの仙人とそんなことを話し合いましたが、私たち、是が非でも持って行くものがほとんどないことに驚きました。せいぜい、キャンプ道具の詰まっているバックパックを持って行けば、造水器で川の水でも飲めるようになるし、小さなキャンプ用のコンロで暖かい物を飲めるし、料理もできるし、寝袋にテントで2、3週間は生きていけそうなのです。そんなに待たなくても救助されるでしょうけど…。車に二つのバックパックを積むだけで、ガラガラなのです。
私たち二人とも、モノに執着しないタイプなのかもしれません。ウチの仙人に到っては、とりあえず、いつでもポケットに入れ持ち歩いているナイフと老眼鏡くらいしか、絶対に必要な物はない…とさえ言っています。ポケットナイフでウサギや鹿を獲り、避難小屋でも建てるつもりでいるのでしょうか。
パソコンは? 貴重な秘密の情報が入っているわけではないし、甥っ子や友達から貰った中古だから捨てておけ。車は? 距離を稼ぐには便利だけど、いざとなると頼るのは自分の足だけ。なにやら大事そうに手入れをしている、大工道具とか機械類は? アリャ、ただのモノだ、それにあんな重い物持って歩けるか、モノは買えばいい。パスポート、アメリカのIDカードは? そんなものオメー、こうしてオレが存在しているんだから、役所には再発行しなければならない義務がある。そんな紙、証明書なんぞ、緊急時に必要はない…とまで言っています。
ウチの仙人ほどではないにしろ、私にもモノを持たない強み? があるような気がします。ともかく、人命第一、生きていさえすれば、後はどうにでもなるという、うちの仙人の思想? とまではいかないでしょけど、人生観が私にも乗り移ってきたようです。
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