第628回:引退前の密かな楽しみ
旅行に出かける前に、今年の夏休みはどこに行こうかと計画を練るのも旅の楽しみの一つです。旅は事前、事中(こんな言葉あるのかしら?)、そして思い出に浸る事後と3回楽しめます。
私は後2ヵ月半で引退するので、それから何をしようかと夢想し、楽しんでいます。来年のことを言うと鬼が笑うそうですが、ウチのダンナさんと立てているぎっしり詰まった来年の予定表を見て、きっと鬼がお腹を抱えて大笑いしているかもしれませんね。
教室で教えること自体、私の性に合っているのか結構楽しんでいるのですが、教授職というのは教える以外の雑用がメッタヤタラに多く、それに費やす時間は膨大なのです。引退し、何が一番嬉しいかと言えば、もう二度と教授会、何とか委員会、コミッティーなどに出なくても良いことです。
大学の教授職に就く人は、井の中のカワズ…と書いてから、私もその傾向があったと気付き、ちょっぴり反省しますが、全体を観る目がなく、協調性というものがありません。一種のオタク集団なのです。もっとも、オタクでなければ成しえない研究があることを認めたうえのことですが、それにしても自分の専門以外のことはまるで中学生程度のコモンセンス、社会性しか持っていない人が多いのには驚かされます。
更に悪いことに、教授会や委員会では皆平等で、新任の先生も、その分野ではチョットした権威の老教授も、学部長も発言権は同じなのです。私自身に経験はありませんが、会社、企業では上役、社長さん、専務さん、部長さんを前に、入社したばかりの平の社員が、議題と関係ない、自分の専門分野のことをトウトウと述べ、遮る者がいないという事態は起こらないと思うのです。
ところが、教授会、何とか委員会となると、必ず声の大きなシャベリタガリ屋が登場し、議題とかけ離れたことを、主に自分がいかに素晴らしい意見を持っているかということを長々と話すのです。それを中断させる先生はおらず、また始まったか、参ったな~という表情で下を向くか、会議を抜け出すだけなのです。
そのうちに、彼、彼女の長いオシャベリ演説に対抗するように、別の教授が、その説はもっともな点もあるが、こういう考え方もあるなどとヤリ出すと、もう何のための会議だったか分からなくなります。
オシャベリのプロ(教室では生徒さんが反論せずに聞いてくれるだけですから…)たる教授陣に勝手にしゃべらせておくと彼らの独壇場になり収集がつかなくなります。オマケにそのような議事と関係ない弁舌をした先生が、「私は次の会議がありますから(またはアポイトメントがありますから)、これで失礼します」と、サッサと退場することがママあるのです。私でなくても、「アンタ、何しに来たの?」と言いたくなるというもんです。
私が関与した委員会は、新しく雇う教授、助教授、講師を選ぶ雇用委員会、これは応募した人の履歴、論文などに目を通し、書類で5、6人に人数を絞って電話インタビューし、さらに3人くらいにこちらが旅費一切持ちでキャンパスに来てもらい、実際に面接し、デモンストレーション的な授業をやってもらい、誰を雇うか決めるという、時間がヤタラにかかるプロセスを踏む、時間食い虫の委員会、また、誰を助教授から永久就職の本教授にするかの委員会、研究費の割り当て、学会に派遣するための費用、誰の論文、詩集、創作を出版するかを決める委員会、誰に1年間の研究休暇(サヴァティカル)を与えるかの委員会、大学に新しい講座を設けるかどうかの委員会、奨学金をどのように振り分けるかの委員会、図書館運営委員会、教室にどのようなハイテック機器を入れるかの委員会などなど、思い起こすとあきれるくらいの委員会に顔を出しています。頼まれると断れない私の身から出たサビだと分かっていますが、誰かがやらなければならないと…ツイ、受けてしまうのです。
ア~ア、来年からこんな取り止めのない委員会、会議に出なくてもいいと思うだけで、肩がスーッと軽くなります。
もう一つ、安らかな睡眠を妨げているのは、恐らくどんな偉い先生でも体験していると想像していますが、授業で、“アレッ? 間違ったことを言ってしまった。どうしよう、明日すぐにも、調べ直して、生徒さんに謝らなけば…”といった事態が2週間に一度はあるものです。頭の中から、授業のことが抜けないのです。こんな不眠の凶源も来年からなくなることでしょう。
ダンナさんは、「オメ~、来年になったら、授業や生徒を懐かしがるんじゃないか?」と言っていますが、そんな心配は全くご無用、キャンパスの前を通っても、懐かしさのあまり構内に迷い込むことなどあり得ません。それどころか、アハハハ、ミンナ、つまらない会議に時間を浪費して、かわいそうに…と思うだけでしょうね。
そして、私の来年の計については、あまり盛大に公表すると、鬼だけでなく周りの皆に笑われる可能性がありますので、秘密にしておきます。
-…つづく
第629回:ご贈答文化の不思議
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