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■イビサ物語~ロスモリーノスの夕陽カフェにて
 

第41回:孤島のソフトボール元年

更新日2018/10/18

 

アメリカ人のエドワードが、来週の水曜日にソフトボールをやるから来ないかと誘ってくれたのは、春先、4月の終わりだったと思う。日本では野球が盛んだから、あいつもソフトボールくらいはやるだろうと誘ってくれたのだろう。
 
イビサでショーバイをやっている人たちは、セマナ・サンタ(復活祭休み、通常3月の終わり頃か、4月の初め)に合わせて店を開くが、その後、本格的なヴァカンスシーズンが始まる6月下旬まで、暇というより客足が極端に落ち込む、そんな時期だった。

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イビサ-サン・アントニオ街道、郊外はカンポだらけ

昼前にイビサの町から5、6キロ離れたカンポ(campo;田園、田舎、森の意味だが、広っぱにも当たる)に行ってみて驚いた。こんなにたくさんアメリカ人がイビサに住んでいたことを全く知らなかったからだ。旧市街でブティックをやっている幾人かは『カサ・デ・バンブー』に来てくれていたので知り合いだったが、30人近くも集まったのだ。そのうちの10人ほどは女性だった。

そのメンバーを二つのチームに分ける、アメリカ的なやり方も初めて知った。まず、二人の代表、チームキャプテンを決める。これは即戦力、上手下手とは関係なく、今日はお前とお前がキャプテンになれ…と至って気楽な選別なのだ。ところが、そのキャプテンが順繰りにチームメイトを一人ずつ指名する時になると、パワーヒッター、守備の上手下手などが考慮され、両チームのキャプテンが共に“最優秀選手”を真っ先に交互に指名していくのだ。

5、6人は、こいつらメージャーリーグで活躍していたのではないかと思わせるほどのムキムキマッチョのベトナム帰りだった。当然、彼らは早々に御指名にあずかる。結果、未知数の私、太った女性、どう見ても満足に走れそうもない中年の女性が取り残され、最後の最後に、マァ~しょうがないからチームに入れるとするか…テナ具合に指名され、所属チームが決まるのだ。

ベースはブティックの持ち主がキャンバス地に雑布を詰め込んだ手製で、ホームベースだけはプラスティックの板をそれなりの型に切ったものだった。グローブは3個、バットも2本あった。

想像するに、スペインで米軍基地の外で行われたソフトボールはイビサが草分けではなかったか…。フランスやイタリアではすでに野球、ソフトボールが行われている…と知ったのは、このソフトボール大会に参加した二人のイタリア人、一人のフランス人女性がいたからだ。なるほど、彼らは鋭くバットを振り抜き、とりわけ痩せっぽちのフランス女性は強打者だった。

どうやら、暗黙の了解で両チームとも投手は女性で(後で分かったが、毎回両チームとも同じピッチャーだった)、わがチームのピッチャーはブティック『スネーク』のオーナー、ジェーン小母さんで、重そうな巨大なオッパイの持ち主だが、腰から下はホッソリとしている。もう孫がいると言っていたが、遠目にはナカナカどうしてセクシーな、女、真っ盛りの容姿の持ち主だった。

ブティックの名『スネーク』は、彼女がペットにしている巨大な蛇からきている。彼女はその大蛇をとてもキュートだと言い、刺青だらけの体に大蛇を纏わり付かせた自分の裸の写真を誰彼なく見せていた。大蛇を見せたいのか、刺青だらけの自分の裸を見てもらいたいのか分からないのだが…。

相手チームのピッチャーもブティックのオーナーで、顔も胸もお腹も腰も、すべてが丸くはちきれんばかりの風船のように膨らんだ球形で構成されている黒人女性だった。こちら方はまだ相当若く、雄大に太っているにも拘わらず動きが機敏だった。

彼女のブティックはカジェ デラ・ヴィルヘンの入り口にあり、アフロスタイルの衣装を売っていた。ブティックの名は『ブラック・イズ・ザ・カラー』。彼女がアフロスタイルの縮れた頭髪をまん丸の顔に載せ、ゆったりとしたアフリカ的な衣装に身を包みブティックの外に置いたスツールにデンと腰掛でいる様は、そのまま大型のマネキンのように決まっていた。

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旧市街にある薬草酒“イエルバ”ショップ(本文とは無関係)

両チームとも、真剣に、しかし底抜けに明るく試合を展開した。 
私にとって、野球はどちらと言えば苦手のスポーツで、学内のクラス対抗のソフトボール大会ですら選手に選ばれたことがなかった。だが、イビサでのソフトボールは違った。というのは、ともかくバットにボールを当て、凡フライでもない限り、ピッチャーゴロでも懸命に走れば、まず、セーフになるからだ。たとえ、サード、ショート、セカンドにボールが行っても、一塁への送球がズレルか、一塁手が捕球できなくてセーフになるのだった。

私の打席は10番か11番、最下位だったが、なんと打率10割だったのだ。そんな風だから、盗塁は至って簡単で、これも成功率100%だった。筋肉マンのアメリカ人は、シャカリキになって大振りしホームランを狙った。

第1戦にどちらが勝ったか、負けたか覚えていない。試合後、互いに今日の試合は素晴らしかった、とても良いゲームだったと讃え合い、また来週会おうと散ったのだ。その時、ちょっとウチに寄っていかないかと、グローブとバットを持ち込んだジャックに誘われるまま、彼の家について行った。

ジャックは細身を着古したジーンズ、Tシャツに包み、どこから見てもポケットに何ペセタも持ち歩いていないタイプだったし、車もメアリ(Méhari;シトロエン製のプラスティック・ボディーの小型の屋根なしジープタイプの安い車)だった。 

これは、人間を外見で判断してはいけないという典型だろうか、彼の家と言うのが山の中腹の絶景の地を広く占めた、超近代的な豪邸だったのだ。

私は、最初、彼はこの家の庭師か、留守番、雇われ人だと思っていたのだが、よく冷えたシャンペンを飲み、上モノのマリファナを出され、話すうちに、彼がこの家を自分で設計し、建てたことがハッキリしてきたのだった。と同時に、一緒にソフトボールをした連中の3分の1はイビサに別荘を持ち、働かなくても良い身分の人種であることを知ったのだった。

ジャックは一泳ぎして、シャワーでも浴びて行けと勧めてくれた。それまで庭に一風変わった敷石が縦縞に敷き詰めてあるな、と思っていた。ところが、ジャックが壁のスイッチを押すと、そこがパッと分かれてプールが現れた。玉砂利に見えていたのはプラスティックのシャッターに描かれた絵だったのだ。

まるでジェームスボンドの映画か、サイエンスフィクションの世界だった。ジャックは少し自慢げに、「イヤー、プールに入る枯葉やゴミをすくい上げるのが面倒だし、ここじゃ水は貴重品だから、蒸発を防ぐためにも役に立つんだ…」と能書きをたれたのだった。

次の週、またソフトボールで集まった時、「オイ、ジャック!」と気楽に呼べなくなった自分に気づいた。その週から、盗塁は禁止になり、私の走るだけのソフトボールの活躍の半分は目減りし、おまけに、うまいことバットにボールを当てるが、飛ばせないことが知れ渡り、内野手、外野手もグンとホームベースに寄って守備を固めるようになり、足任せの内野安打は狙えなくなり、打率もガックリ落ちたのだった。それでも両チームが指名する順位は最後の最後でなく、5、6番目くらいまでに出世した。

このソフトボールで、アメリカ人を中心にした気楽な知り合いが一挙に増えたのだった。そして、アメリカ的というのか、個人それぞれのレベルでベストを尽すのがすべてで、後は一瞬を楽しむ、底抜けに明るいスポーツマンシップを見せつけられた気がした。

-…つづく

 

 

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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