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■イビサ物語~ロスモリーノスの夕陽カフェにて
 

第42回:酒利き大会~人はいかにして優秀なソムリエになるか?

更新日2018/10/26

 

ロスモリーノスの崖の上に小さなカフェテリアを開くまで、ワインにどっぷりと浸ったスペイン文化を理解していなかったと思う。下戸の私でも、イビサに到達する前に、スペイン、フランス、イタリアの人たちのワインの飲み方を見てはいた。さすがに、スペインでも朝食から飲むのはアル中だけだが、正餐である遅い昼食を時間をかけてゆっくり摂る時には、まず飲む、それも盛大に飲む。昼食は1時半から2時に始まり、およそ4時頃まで続く。

夏なら、冷えたシェリー酒かビール、ドライな白、ロゼで始め、食べ物に合わせ、白なり赤のワインを飲む。バックパッカー時代によくお世話になった安レストランの定食“Menú del día”(メヌー・デル・ディア;本日のメニュー)にも、いささか気品に欠けるリットル瓶のワインがデンとテーブルに載っており、一人で半分飲む権利がある。おおらかに、リットル瓶のだいたい半分くらいのところまで飲んでもよし、飲まなくてもよし、半分ライン(そんな線などないが)を越して飲んでも問題はない。下戸の私はなんだか飲まないと損をするような気分になったものだ。

それから、食後にはコニャック、またはエスプレッソコーヒーにコニャックを垂らしたカラヒージョ(carajillo)で締める。これでシエスタ(昼寝)なしで職場に戻れと言う方がドダイ無理な話だ。そして夕飯がある。これは通常、お昼より多少軽く摂る。しかし、夕食にはチーズ、オリーブなどを肴にして、ワイン、リキュールが活躍し、その量も増す傾向がある。 

その他、朝飯と昼食の間、昼食と夕食の間にメリエンダ(merienda;軽食の意)という、コーヒーブレイクが入り、甘いモノを摘む。これは法的に規定された休み時間で、労働者は午前と午後の2回、このメリエンダの休憩時間を取る権利がある。午前中のメリエンダにパスティスなどのアニス酒の類い、リカルド、ウゾーなど、冷たい水で割ると白く濁るリキュールをクイッと一杯やる酒飲みは多い。彼らの酒の強さは恒常でなく、それだけ飲んでも泥酔し、醜態を見せることはマズないし、平気で運転し、仕事をこなす。

san telmo
イビサ港近くの老舗レストラン『San Telmo』

『カサ・デ・バンブー』を開く前に、いったいどれだけワインを仕入れたものか、皆目見当がつかなかった。回転資金が少ないので、当初はヴェスパの後ろに積める2箱、24本ほどを週に1、2回買い、運び込めばそれで済むかな…と、今思えば、なんともま~ノンビリ構えていたものだ。ところが、とてもそんな悠長なことは言っていられないことを、すぐに思い知らされたのだ。

こんな小さなカフェテリアでも最低20種類くらいのワインを置かなければならないし、シーズンの始めから、メニューにワインリストを載せなければならない。おまけに、ワインは一番儲かるから、ワインリストに載せたワインを切らすわけにはいかないのだ。

一応、営業規則があり、『カサ・デ・バンブー』クラスの1本フォーク(スペイン政府観光省の登録認可のカテゴリーで、ミシュランのフォークではない)では、ワインは市場価格の1.6倍で客に供することができる。しかし、レストランやカフェテリア、バールは、小売価格よりさらに安く仕入れられるから、儲かる比率はさらに大きくなるのだ。

『カサ・デ・バンブー』には大きな洞窟のような穴倉があった。10畳ほどの広さ、高さ2メートルほど岩をくり抜いた穴倉で、いったい何に使う場所なのかさえ知らなかった。困った時のゴメス頼みで、大家のゴメスさんに訊くと、なんとその穴倉がワインセラーなるものだと教えてくれたので、イビサの老舗レストラン『サン・テルモ』のオーナー、イヴォンヌにワインの仕入れのことなど、相談をもちかけたのだ。

イヴォンヌは、「お前、そんなことも知らないのか?」とあきれ果てた表情を隠さずに、ワインの仕入れの仕組み、価格交渉、支払い方式などをこと細かに教授してくれたのだった。 「春先のシーズン前に、キャッシュでワインを買い付けできるレストランがどこにある。まず、ワインリストを決め、仕入れる。支払いなんて、早くてもシーズン真っ盛り、金の入った時か、シーズンの終わりでいいんだぞ…」と言うことだった。

もうすでにシーズンは始まっていたが、ワインメニューを本格的に作るのに、まだ遅すぎる時期ではなかった。イヴォンヌの教え通り、3、4軒のボデガ(bodega;ワイン専門店)、ワイン、リキュールを扱う卸売店に連絡し、試飲サンプルを持ってこさせた。これは試供品とはいえ、市販されている大きさのボトルでハウスワイン用、中級品、高級品、赤、白、ロゼとバラエティーに富んだモノを2、3箱ポンと持ってきたのには驚いた。もちろんタダだ。

そんなサンプルが10箱も集まったところで、どのワインをメニューに載せるかを決めるための“酒利き”大会を開いたのだ。というのは、当の本人たる私が下戸で、何十種類のワインを飲み比べることなど、とてもできない体質だし、自分の舌をまるで信用していなかったからだ。

“酒利き”大会に呼んだのは、指南役のイヴォンヌ、それに彼のレストラン『サン・テルモ』のウエイター二人、相当の呑み助でアルコールに一家言を持っている日本の友人二人、大家さんのゴメスさん、それにギュンターだった。

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ワインに合う羊乳のチーズQueso Manchego(ケソ・マンチェゴ)

私はハモンセラーノ(生ハム)、アセイツナ(オリーブの酢漬け)を何種類か、チーズはマンチェゴ(Queso Manchego;羊乳チーズ)をはじめこれも何種類か用意し、大きな水差しに冷たい水を満たし、口洗い用水とし、体裁を整えた。

ワインを表現するのに、ブーケ(熟成香)、アロマ(果実香) クエルポ(ボディー;濃厚さ)など、普段耳にしない言葉があることは知っていた。ところが、一旦酒利きが始まるや否や、ラテン系に寡黙な人間など存在せず、表現力の極限を争うかのように、それぞれが確信に満ちて高説、自説をノタマウのだ。日本で酒を言い表すのに、コクのある味、喉越しが良いくらいしか耳にしたことない私は、まさにあっけにとられて聞き役に回った。

彼らは、イワク、ほのかに花の香りかする、肉質だ、コシのある味わい、喉を通った後にも口内にコクが残る、鼻に抜ける、官能的だ、セクシーだ、まだ若すぎる、引き締まったボディーだ、いささか濃厚で中年の圧化粧の女を思わせる、と通りすがりの女性を評価するイタリアのマッチョのようなのだ。

そこで、いたずら半分で目隠しワイン利きをやってみた。私は彼らの表現を楽しみはしたが、心のどこかでこいつら自分が分かりもしないことを、もっともらしい能書きをたれているだけでではないかと思っていたのだ。目隠しワイン利きの結果、イヴォンヌとウエイター二人は20種もあったワインをすべて間違いなく言い当て、日本人の酒好きは全部外れ、ギュンターとゴメスさんは安物とグランリゼルバの区別はつけたが、銘柄までは当てられなかった。

スペインでは哺乳瓶にワインで色をつけた水を赤ん坊に飲ませている光景は珍しくない。いわば、彼らは酒利きの天才教育を赤ん坊の時から受けているのだ。日本人とはスタートからまるで違うのだ。『サン・テルモ』のウエイターにしろ、一人はイビセンコの田舎育ち、もう一人はアンダルシアからの出稼ぎ組だ。そんな彼らが数々の高級ワインを飲んで育っているわけはない。それにしても、彼らの舌には先祖代々、ワインを味わう遺伝子が組み込まれているかのようなのだ。ソムリエになるには、ワインの産地で生まれ、赤ん坊の時から哺乳瓶で水割りワインを飲んでいなければならない…ようなのだ。

私は皆の評価を聞きはしたが、結局のところ、卸し価格と、スペイン、ヨーロッパでの知名度、卸売店の支払い条件でワインメニューを決めたのだった。売れ残ったらどうしようかと懸念しながら、確か初年は250箱(3,000本)ほど注文したと記憶している。それも夏の終わり前に、再度80から100箱追加した。我が洞窟のワイン貯蔵庫にはそれなりに見られる程度にワインが詰まったのだ。

そして、お客さんにワインを勧める時、いかにももっともらしい能書きをたれたが、それはワインの卸売店がくれた虎の巻に、何年のどこそこの畑は収穫時に雨にたたられダメになった、あそこの西斜面の作柄は良かったなどと相当詳しく書いてあり、また何百種類のスペイン産のワインに年代ごと、星がゼロから五つまで付いているのを受け売りし、お客さんのスノッブな部分をくすぐる材料にしたのだった。

“酒利き”大会の帰りに、皆に2、3本ずつ、どうせサンプルとしてタダで貰ったモノだからと持たせようとしたところ、またイヴォンヌに諭された。「お前ね、ただで貰おうが、金を払って仕入れようが、同じワインだ。これはそのまま客に出し、儲けるべきものなんだ」と受け取らなかった。ギュンターとゴメスさんは喜んでスンナリ貰ってくれたが…。

-…つづく

 

 

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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