第743回:季節外れの「もみじのトンネル」- 叡山電鉄鞍馬線 宝ヶ池~二ノ瀬 -
八瀬比叡山口から乗った700系電車は1両単行の車両で、白い車体に緑色の帯。運転席の正面は2枚窓。室内はロングシートだ。乗降扉は片側二つで運転席側に寄せられているから、都会の電車より長いシートが長く、広々とした印象である。1987年製だから、昭和レトロとしても新しい方だけど、これが改造されて「ひえい」になった。とても同じ電車には見えない。「ひえい」がよそ行きならこちらは普段着だ。まるでこのあたりに住んでいる気分になる。

700系電車は「ひえい」の原型
私たちは宝ヶ池駅で降りた。叡山電鉄はこの駅で叡山本線と鞍馬線が別れる。私たちは鞍馬線にも乗って鞍馬寺を訪ねる予定だ。叡山電鉄全線を紹介し、鞍馬寺を訪れる。これは私の企みの一つ。鞍馬線と鞍馬寺のケーブルカーは乗ったことがないから、取材にかこつけて乗ってしまう。なんとなく申し訳ないので、今回は新横浜駅から京都駅までの新幹線往復きっぷは自費である。個人的に叡山電鉄と京阪電鉄を乗り潰す旅の途中で取材する形にした。

鞍馬線の標準型、800系電車
宝ヶ池駅で鞍馬行きの電車を1本見送った。次にやってくる電車、900系が目当てだ。こちらも叡山電鉄の自信作で、1998年製の2両編成。窓が大きく、ほかの電車なら網棚になりそうな部分も天窓がある。つまり、ほとんどガラス張りの電車である。これは途中の市原駅と二ノ瀬駅の間に「もみじのトンネル」という名所があるからだ。そこを通り抜けるとき、座っている人も立っている人も景色を楽しめるようにという設計思想である。

ガラス張り電車900系、「きらら」の愛称がある
座席の配置がおもしろくて、それぞれの車両の運転席に向かって左側がひとり用、右側の車両中央は窓を向いたロングシートで、その両端が二人掛け向かい合わせ。一人用はすべて運転席向きに固定されている。2両編成で背中合わせにつながっているから、進行方向に向かって前の車両は前向き、後ろの車両は後ろ向きだ。1月はシーズンオフのようで、日中は空席が多いという。おかげでカメラマンS氏は自由に移動して撮影に励んでいる。

観光タイプならではの座席配置
電車は鞍馬山に向かって勾配を上っている。京都は山に囲まれた土地で、北側も平らなところは住宅街だ。京都精華大学前という名の駅があるくらいだから、通学客も多い。朝夕の電車は混んでいると思う。中小私鉄としては珍しく、複線区間である。叡山本線も全線複線だった。路線距離は短いけれど、都市郊外路線の役目を持っている。
京都精華大学は芸術系の大学として知られ、とくにマンガ学部が有名だ。教授陣に竹宮恵子氏、ひさうちみちお氏、すがやみつる氏、田中圭一氏など漫画家、イラストレーター、クリエイターが多い。そのせいか、叡山電鉄もマンガやアニメのコラボレーション多い。しかし私たちは文芸誌であるから、そのあたりは書かない。

上り坂が続く
京都精華大学は森の中にあり、このあたりの車窓右手に森林が増えている。だんだん谷が狭くなっているからだ。二軒茶屋駅からは単線になり、山道を行く。市原駅を過ぎると車窓の左右とも木々に囲まれる。針葉樹だろうか、深い緑の葉がついている。
いよいよ「もみじのトンネル」を通過するけれど、1月だからすっかり葉が落ちている。電車は小さな枝に囲まれて走る。「もうすこし雪が降っていれば、白いトンネルがきれいなんです」と叡山電鉄のF氏が言う。そしてスマホを取り出して「ゆきもみじ」の景色を見せてくれた。小さな枝葉に雪が積もり、樹氷のトンネルのようである。続いて春夏の緑もみじの景色「みどりのトンネル」と、紅葉の「もみじのトンネル」を見せてくれた。この季節に来てくれたら良かったのに、と思っていることだろう。
しかし、雪の落ちた「もみじのトンネル」も悪くなかった。枝が細くて見通しを遮らないから、景色に奥行きがあるように思う。むしろ荒涼とした景色の方が、鞍馬寺に向かう旅にはふさわしいとさえ思う。でも映像を見せられると、ちょっと悔しい。別の季節に再訪しようと心に誓った。

紅葉の季節にまた来たい
-…つづく
第743回の行程地図(地理院地図を加工)

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