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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 
第399回:青春18きっぷの危機(上) - 東海道本線 静岡-沼津 -

更新日2011/11/17


帰りの電車はつまらない。夜の電車だから、なおさらつまらない。

8月31日。静岡発熱海行きの各駅停車に乗っている。熱海で東京行きに乗り継げる最後の車だった。無事に座れて安心し、iPhoneであらかじめ録音したラジオ番組を聴いていた。目は閉じている。ロングシートに座っていると、立ち客と目が合うと気まずいからだ。暗くて車窓は見えない。目を閉じ、イヤホンを付ければ自分の世界に浸れる。

ふと気がつけば、列車の揺れを感じない。目を開ければ列車が停まっている。各駅停車だから当然である。……が、なかなか発車しない。これは変だと、しばらくたってから気づいた。かつては特急列車がたくさん走った路線だけど、現在は各駅停車のみ。特急の通過退避はない。複線だからすれ違い待ちもない。でも、停まっていた。

車内放送が自動ではなく、車掌さんの語りになっているようだ。イヤホンを外せば、この先で大雨のため運転を見合わせているという。確かに外は大雨である。ちょっと進んでは停まり、ノロノロと進んで、由比駅で車掌が、「雨が入るため、いったんドアを閉めます」と言った。つまり、しばらく動かないという意味である。


断続的な大雨が続く

乗客たちは携帯電話でメールを打ったり、どこかに電話をかけている。みな落ち着いているようだ。携帯電話で連絡が取れるし、暇つぶしもできるからだろう。私はiPhoneで天気予報サイトを見た。静岡県と神奈川県の県境に大きな雨雲が横たわっている。伊豆半島の付け根から富士駅辺りは赤くなっていた。なるほど豪雨である。

私は長期戦を覚悟した。幸いにも飲み水と食料はある。ペットボトルのお茶と、食べずに取っておいたちくわ稲荷寿司だ。これで朝まで大丈夫。大勢の人がいる中で、自分だけ飯を食う場面は想像したくないけれど……。

問題はきっぷだった。青春18きっぷの有効期限は当日限り。0時を過ぎる場合は次に停車する駅まで有効である。ただし、電車特定区間は終電まで有効。つまり、24時までに大船駅まで到達できれば、0時を過ぎてもそのまま自宅最寄り駅まで使える。大船到着前に0時を過ぎれば、その次の駅から最寄り駅までは別にきっぷを買う必要がある。

由比駅で打ち切りになったとしたら、明日は品川まで2,500円のきっぷを買わなくてはいけない。それはちょっと悔しい。もっとも、今日の行程は普通にきっぷを買うと12,000円かかる。それを青春18きっぷの1回分2,300円で済ませていた。文句を言える筋合いではない。

2時間近く足止めを食らっただろうか。何人かは迎えの目処が付いたのか降りてしまい、車内の立ち客は減っていた。そしてやっと列車が走り出す。大雨が収まったようだ。やれやれ……と思ったけれど、車内放送が残念な情報を提供した。
「この列車は熱海行きでしたが、本日は沼津止まりとなります。その先の接続はありません」

ちょっと待ってくれ。沼津から熱海はすぐ近くではないか。目と鼻の先。丹那トンネルを抜けるだけ。20分ほどである。あと20分走ってくれたら、そこからJR東日本の電車に乗り継げる。せめてそこまで……。今もこのJR東海の判断は不満だけど、ああ無情。沼津で全員が降ろされてしまった。


沼津駅で運転打ち切り
本日中の東京到着は不可能

さてどうしよう。大雨だから仕方ないけれど、その大雨は収まった。本来は熱海までいく列車を、遅れているというだけで沼津で打ち切った。これはJR東海の都合である。一方的だなと思う。さて、どうしたものかな。青春18きっぷの有効期限は今日までだ。列車を打ち切った見返りとして、なにか特例を用意してくれるだろうか。

階段を降り、重い足取りで改札口へ行くと、やはり私と同じように困惑した人たちがいた。20人ほどだろうか。怒っている人もいる。どうしてくれるんだと。しかし列車はもう動かない。列車を動かせと言っても仕方ない。それは解っているようで、要求は、「明日、我々の目的地に着くまで、青春18きっぷの有効期間を延ばせ」というようだった。さらに、このあとに来る東京行きの「ムーンライトながら」に乗せろという。

どちらも既定のルールでは不可能である。青春18きっぷの期限は延長できないし、ムーンライトながらは指定券がないと乗れない。駅員はそう説明しているようで、しかし乗客の数人は納得しない。私より年上の、50代後半か60代の男たちが、回りにいる若い乗客たちに、みんなで交渉しようと呼びかけていた。若い人たちは勝手がわからず、とりあえず、「そばに居れば、このオジサンたちがなんとかしてくれるかもしれない」と思っているようだ。


御殿場線はかろうじて御殿場まで運行していた

私もこの時は、「JR東海が何か策を考えてくれるかもしれない」と期待した。しかし、これらの判断は現場の駅員に権限がないこともわかっていた。オジサンたちは、「上司に電話して交渉しろ」という。おそらくこの人たちは、自分の会社では夜中に叩き起こされて判断を仰がれる立場かもしれない。……が、こんなことで叩き起こされる上司は気の毒だとは思わないのだろうか。現場はルールに則って判断しているのである。現場は正しい。

そう思うと、私はなんだか、オジサンたちの要求が間違っている気がした。駅員に振りかざす知識も間違っている。確かにJRの規則では、「乗車中に有効期限を過ぎた場合は、途中下車をしない限り券面に表示された最終駅まで使用できる」とある。「途中下車しない限り」だから、彼らは改札を出ないで交渉している。けれど、この規則は普通乗車券や目的地を指定した企画乗車券に適用される。目的地のない青春18きっぷには適用されない。

私は集団に向かって、「それって間違ってませんか」と言った。しかし、オジサンたちは聞く耳を持たない。上げた拳を下ろす場所がないというより、ここは拳を上げるところだと信じている。だめだこりゃ。私は呆れて、駅員に、「明日の始発までホームで待っていていいか」と聞くに留めた。若い駅員はほっとした顔で、「どうぞ」と言った。これは現場でも許可できる範疇である。

-…つづく

 

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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