のらり 大好評連載中   
 
■店主の分け前~バーマンの心にうつりゆくよしなしごと
 

第463回:流行り歌に寄せて No.263 「君をのせて」~昭和46年(1971年)11月1日リリース

更新日2023/08/24


昭和46年1月24日、日本武道館で行なわれた「ザ・タイガース ビューティフル・コンサート」で、ザ・タイガースは約4年間続いたグループを解散した。

その8日後の2月1日、沢田研二は、新グループPYGに加入する。これはGSの人気グループだったザ・スパイダースから大野克夫と井上堯之、ザ・タイガースから岸部修三と沢田研二、ザ・テンプターズから萩原健一と大口広司が参加した、いわばスーパーグループだった。

このグループは、それなりの人気を得るが、当時日本でも新しいロック・ムーブメントが徐々に台頭して来たため、『商業主義バンド』などのレッテルを貼られるなど、複数のロック・フェスティバルで非難を浴びることにもなった。

デビュー曲『花・太陽・雨』(岸部修三:作詞 井上堯之:作曲 PYG:編曲)は、どちらかと言えば、当時よりも後年になってからの評価の方が高い印象を受ける。

その船出から波乱含みで 、あまり安定感のないPYGの活動の中、沢田研二は初めてソロ・シングルを出すことになる。それが、今回の『君をのせて』であり、その後のPYGは、いろいろと姿を変えながら自然消滅のような形をとっていく。


さて、『君をのせて』は、青木望の編曲で映画音楽を思わせるような、ケニー・ウッド・オーケストラによる華麗なイントロから入り、宮川泰の繊細で美しいメロディーに、岩谷時子のファンタジックな詞が載せられるれるという、実に贅沢な曲である。元ザ・ワイルド・ワンズの加瀬邦彦プロデュースによる「沢田研二をソロ・デビューさせるのだ」という意気込みが、強く感じられる作品なのだ。

ところが、意外なことに、この曲は週間オリコン・チャート23位が最高で、レコード・セールスも10万枚ほどだった。

宮川が自身の作品の中でも最高傑作の一つとしているのに拘らず、沢田は「『OH!ギャル』の次に嫌いな曲」と一時期公言していたそうである。しかし、後年は「『時の過ぎゆくままに』『コバルトの季節の中で』とともに自分の好きな曲」という見解に変わっているようだ。

『恋のバカンス』や『ウナ・セラ・ディ・東京』など、ゴールデン・コンビと思われる岩谷・宮川による沢田への提供曲は、実にその27年後の平成10年(1998年)のアルバム『第六感』の中の『永遠に』という曲までなかった。

『君をのせて』は、発表するのが早過ぎたのかもわからない。私にとっては、歌謡曲の中でも最高クラスの美しい曲だという印象があるが。

「君をのせて」  岩谷時子:作詞  宮川泰:作曲  青木望:編曲  沢田研二:歌


風に向かいながら 革の靴をはいて

肩と肩を ぶつけながら

遠い道を歩く

 

僕の地図はやぶれ くれる人もいない

だから僕ら 肩を抱いて

二人だけで歩く

 

君のこころ ふさぐ時には

粋な粋な歌をうたい Ah・・・

君をのせて 夜の海を

渡る舟に なろう

 

人の言葉 夢のむなしさ

どうせどうせ知った時には Ah・・・

君をのせて 夜の海を

渡る舟に なろう

 

ラララ ラララ ラララ・・

ラララ ラララ ラララ・・

 

Ah・・・君をのせて夜の海を

渡る舟に なろう

 

Ah・・・君をのせて夜の海を

渡る舟に なろう

 

この詞の内容は、ある意味抽象的であり、いろいろな解釈がされている。今回調べてみると、実は岩谷時子が、盟友越路吹雪についての想いを綴ったものだという見解があったり、久世光彦は、これは男同士の友情を歌ったものであると考えたようだ。私などの貧しい想像力では、同性同士に対する想いとは感じられなかった。

ところで、不思議なものだと思う。この歌の詞を読んだだけでは、今ひとつ理解できない世界が、曲がつけられたことにより、こちらの心にスーッと入ってくるものに変わっている気がする。正確には「理解」できたわけではないのだが、何か腑に落ちるというか、そのような感覚なのだ。

それは、作詞者の岩谷と、作曲者の宮川によって起こされる、いわば化学反応に近い現象だろう。前にも同じようなことを書いたかもしれないが、これは、本当のプロフェッショナル同士でなければできないことだと思う。 


さて、沢田がこの曲を歌っている映像があって、それは舟というよりも大型のボートに田中裕子と二人だけで乗っているシチュエーションである。

沢田が歌う傍で、田中は、海風に長い髪をなびかせて、膝には子犬を抱いている。二人とも、お互いの愛情を信じきっている表情に見えるのだが、これは、おそらく結婚前の映像だと思う。長く苦しい道ならぬ恋に、ようやく光が差し込んで来た頃なのか。

邪推は無粋であるが、もしこれを観て深く傷つき哀しむ人がいても、それでも一緒になろうとする強い思いが、二人にはあったのだろう。そちらに行ける人、そちらには行けなかった人、人は様々である。

-…つづく

 


第464回:緊急掲載 ラグビー・ワールド・カップ 2023 開幕!!


このコラムの感想を書く


金井 和宏
(かない・かずひろ)
著者にメールを送る

1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
Lis. master's voice


バックナンバー

第1回:I'm a “Barman”~
第50回:遠くへ行きたい
までのバックナンバー


第51回:お国言葉について ~
第100回:フラワー・オブ・スコットランドを聴いたことがありますか
までのバックナンバー


第101回:小田実さんを偲ぶ~
第150回:私の蘇格蘭紀行(11)
までのバックナンバー


第151回:私の蘇格蘭紀行(12)~
第200回:流行り歌に寄せてNo.12
までのバックナンバー


第201回:流行り歌に寄せてNo.13~
第250回:流行り歌に寄せて No.60
までのバックナンバー


第251回:流行り歌に寄せて No.61~
第300回:流行り歌に寄せて No.105
までのバックナンバー


第301回:流行り歌に寄せて No.106~
第350回:流行り歌に寄せて No.155
までのバックナンバー

第351回:流行り歌に寄せて No.156~
第400回:流行り歌に寄せて No.200
までのバックナンバー

第401回:流行り歌に寄せて No.201~
第450回:流行り歌に寄せて No.250
までのバックナンバー



第451回:流行り歌に寄せて No.251
「また逢う日まで」~昭和46年(1971年)3月5日リリース

第452回:流行り歌に寄せて No.252
「わたしの城下町」~昭和46年(1971年)04月25日リリース

第453回:流行り歌に寄せて No.253
「ちょっと番外編〜トランジスタラジオ購入」~昭和46年(1971年)

第454回:流行り歌に寄せて No.254
「雨のバラード」~昭和46年(1971年)4月1日リリース

第456回:流行り歌に寄せて No.256
「悪魔がにくい」~昭和46年(1971年)8月10日リリース

第457回:流行り歌に寄せて No.257
「愛のくらし」~昭和46年(1971年)5月21日リリース

第458回:流行り歌に寄せて No.258
「なのにあなたは京都へゆくの」~昭和46年(1971年)9月5日リリース

第460回:流行り歌に寄せて No.260
「水色の恋」~昭和46年(1971年)10月1日リリース

第461回:流行り歌に寄せて No.261
「夜が明けて」~昭和46年(1971年)10月21日リリース

第462回:流行り歌に寄せて No.262
「別れの朝」~昭和46年(1971年)10月25日リリース


■更新予定日:隔週木曜日