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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第716回:コロラド山裾キャンプ場事情

更新日2021/07/15


またまた、暑く長い夏がやって来ました。アメリカ全土でコロナ禍による移動規制が解除され、ソレッといった感じで、暑さを逃れ北へ北へと南の州から民族大移動が始まりました。冬に北の州の人たちが、南の暖かい州へ移動するのとは逆方向への移民現象真っ盛りです。その内の何パーセントかの人たちが、涼しさを求めてコロラドの高地にやって来ます。

先週、アバホ連山に行ってきました。すでに何箇所かに山火事が発生していて、空の真上は青々としているのですが、地平線は薄っすらとベージュの煙が覆い、陽が沈む時、西の空がモワッとダイダイ色に染まり、なにか不吉な夕焼けになっています。

いつもなら国有林の山道に入り、人の気配のないところにテントを張るのですが、今シーズン、山火事の危険があるので、指定のキャンプ場以外で夜を過ごすことが禁じられてしまい、久しぶりに国立公園管理局がやっている、山裾のダルトン・スプリング・キャンプ場にテントを張りました。ウチのダンナさんは超後期高齢者ですから、国立公園がすべて無料になるパス、しかも死ぬまで有効という“オフダ”を持っています。公営のキャンプ場も半額になり、10ドルでした。

国が管理しているキャンプ場は、水道というか水場が何箇所かあり、簡易トイレ(ポトンと落とす貯ウン式ですが、とても清潔です)が2、3ヵ所あり、各キャンプサイトが50~80メートルくらい離れていて、ところによっては木立に隠され、お隣さんが見えないくらいの距離を置いているので、プライバシー好きのアメリカ人向きです。

今回キャンプしたダルトン・スプリング・キャンプ場は、誰がこんなところまで来るのかと不思議に思えるほど何もない山裾の森の中にあります。アバホ連山など、およそ知る人がいない山で、ロッキーの14ナーズ(14,000フィート以上の山=4,267メートル以上の山のことをそう呼んでいます)と違って、聳え立つ山々という雰囲気ではなく、アバホ連山の最高峰でさえ3,463メートルの高さしかない瓦礫の山のような感じなのです。およそ記念写真には向かない山なのです。

ところが、そんな山裾にあるダルトン・スプリング・キャンプ場はどうしてどうして満員盛況だったのです。私たちは偶然から空いたスポットを見つけましたが、その後続々と訪れた人たちは、空しく立ち去らなければなりませんでした。

ダルトン・スプリング・キャンプ場は、28のキャンプサイトしかないとても小さなキャンプ場です。そこにもボランティアのケア・テイカー(caretaker;緩い意味での管理人)がいます。彼らはほとんど無償で(プロパンガス代と町までのガソリン代くらいは出るらしい)、自分のキャンピングカーを据え、夏の4、5ヵ月そこに住み、キャンパーからお金を徴収したり、トイレや水場の清掃をしたりします。ダルトン・スプリングの管理人は、アーカンソー州からやってきた中年のカップルでした。

いつも思うのですがキャンプ場の管理人というのは自然と人間の両方が好きな人、外交的性格の人が圧倒的に多く、彼ら自身がこんな森の中で過ごすことができるのをとても喜んでおり、同時にここにキャンプする人たちも大いにリラックスして楽しんで貰おうというスタンスなのです。

テントを張り終え、入口の脇にある箱から、料金支払用の封筒を取り、その封筒にダンナさんの老人パスナンバーを書き込み、泊まる日数分の料金を入れ、頑丈な鉄のポストにその封筒を投函し、トイレや水場の位置確認を兼ね、キャンプ場をぐるりと一周散歩しました。

まず驚いたのは、テントなんか一張もないことです。否、あることはあるのですが、床面積8畳間以上の広さのあるスクリーンテント(蚊などの虫除け用で、屋根だけ日よけのキャンバス地で4面は細かい目の網)で、中に分厚いクッションを敷いた安楽椅子が並べらたりしています。皆さん、大型のバスのようなキャンピングカーか、それでなければ牽引タイプの40フィート(13メートル)もあるキャンピング・トレーラーでご来場なのです。

その上、さらにその後ろに引越し用としか思えない大きなボックス・トレーラを引っ張ってきているキャンパーもいます。マアー、その道具立ての盛大なこと、大げさなこと、私たちの小さな家、モジュラーホームよりはるかに豪華なのです。まさに家財道具一切合切持ち込んでいるようにさえ見えます。そんな人たちは、子供たち、孫たち、親類郎党一族で群れを成して来ています。ですから、トレーラーを引っ張る大型ピックアップトラックのほか、3、4台の車を連ねて来ているのです。

ダンナさんは、「オイ、あいつらも俺たちと同じ料金払っているのか?」とケチなことをボヤイていました。もちろん、キャンプサイト一箇所に対しての料金ですから、車5台で10人泊まっても、私たちのように小さなテント一張りでも同じ料金なのです。

そして100パーセントの家族が犬を連れて来ています。夕方になり、陽が傾き、涼しくなると、お犬様、散歩のお時間になります。そして、お互いに親交を結ぶ、立ち話の時間です。

まず初めは犬の名前を尋ね、それからどこから、どこの州から来たのかで会話が始まります。ダンナさんによると、アメリカ人のフランクに自分のことを語る、しゃべりすぎる傾向が顕著に現れていると言います。ダンナさん、そんなところ、あけっぴろげなアメリカ人気質が大好きなようです。隣に後から入ってきたジョージア州の叔父さんは、初めの結婚はハンガリー娘とだったに始まり、今一緒にいるのは結婚していないけど、もう数年一緒に住んでいる彼女で、ティーンエイジャーの娘は彼女の連れ子だとか、ジョージアの田舎に馬を何頭持っているとか、彼の全人生を語り尽くすかのようでした。

オクラホマ州からのカップルの逞しい奥さんは66歳(これ、私がアンタ幾つと訊いたわけではありませんよ、彼女自ら、どういう理由があってか言ったのです)、フォークロックの“The Band”の大ファンで、ドラマーのナントカさんの追っかけをやっていたと、問わず語りで教えてくれたりするのです。斜め上にキャンプしているヒッピー崩れ風のカップルは、夕方になるとギターの弾き語り定期演奏会を始めるやらで、キャンプ場が活気づくのです。

暑さを逃れ、南の州の人が多く、ジョージア、フロリダ、オクラホマ、アーカンソー、南ではありませんが、都会の空気から逃げてきたのでしょうか、ニューヨーク、ニュージャージーから来た人たちもいました。そして、カルフォルニア、オレゴン、ワシントン州のナンバーも結構来ていました。コロラドナンバーは一台だけでした。

彼らは、一度店を広げると、そこに長く居座り、移動しません。ただ避暑に来ているのです。それが証拠に、私たちがアバホ連山を3日間歩いている間、山の中では人っ子一人出会いませんでした。

唯一のわが同郷、コロラド州の住人は、相当歳をお召しになったカップルでした。おじいさんの方、腰が曲がり背も丸くなり、ツンノメルように杖を突いて歩き、シャッキとしたおばあさんと一緒にキャンプ場内を何周かの散歩姿が見られます。

「オイ、俺ももうすぐああなるのかな?」とダンナさん。「当たり前でしょう、誰でも歳をとるのはこの世の摂理ですよ」と私。

普段から仙人暮らしの私たち、山裾のキャンプ場に来て、一挙に社交場に舞い込んだ気分になったことです。

-…つづく 

 

第717回:忖度はゴマスリ文化?

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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