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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第717回:忖度はゴマスリ文化?

更新日2021/07/22


私は、どうにかこうにか日本語を操っていますが、自分で細かい日本語ニュアンスまで捕えていないことは重々承知しています。その上で、最近気になっている日本語のことを述べるのを許してください。

以前書きましたが、「~させて頂きます」というサラリーマン敬語、謙譲語の乱発が奇妙に聞こえる、「ナニナニを致します」の方がずっとスッキリするし、「~させて頂きます」にある押し付けがましさがなく、響きも良いと今でも思っています。あまりに謙遜し過ぎると、なんだか嫌らしく感じられるのです。「~させて頂きます」に対応して、「~させてあげないよ」とは言えませんしね。

ここ数年、ほとんど流行り言葉のように“忖度”が使われ始めたように思えます。
冒頭から広辞苑によれば…とやるのは自分の言語生活の貧困、イマジネーションのなさをさらけ出すようで、偉い教授先生ですら、編集者からカクカクシカジカのお題を頂いた、広辞苑によれば…とエッセイ、随筆を始めているのを見ると、私などゲンナリして読み続ける気がしなくなります。

とは言いながら、私もダンナさんの広辞苑を引いてみました。“忖”も“度”も、モノをはかる意とあり、“忖度”と二字合わせて、他人の心中を推し量ること、推察とあり、例文として“相手の気持ちを忖度する”とあります。漢和辞典でも同じような記述でした。

日本的思いやりが少ない西欧人、何でも自分、本人が明確に自分の意思、気持ち、感情を打ち出すのをヨシとする文化では、この“忖度”は訳しにくい言葉です。《guess》とか《conjecture》《surmise》になるのでしょうけど、どうにも日本語の“忖度”のイメージではありません。

忖度がむやみに使われ始めたのは、安倍政権の時、森友学園、加計学園の疑惑事件で、確固とした証拠が挙げられないまま、官僚が大臣や首相の奥さんの意中を先回り、深読みして、彼らに良かれという行動をとってからでしょうか。それだと、政治家に直接依頼されたわけでなく、官僚が推測し、勝手に行動を起こしただけですから、官僚の気の回し過ぎで済んでしまい、政治家先生に刑事責任はない…という図式になるのでしょう。

どうにも“忖度”には辞書通りの“他人の気持ちを推し量ること”の他に、推し量ることで自分の身を守る要素、あわよくば、その相手に良く思われ保身から出世に繋がる身の振り方があるようにさえ思えるのです。相手の政治家なり、エライさんに対して彼らの意図を先回りして推測、邪推して、尽くすという縦社会の保身が見え隠れしているように思えるのです。忖度をする時は、自分に何らかの見返り、保身を含め、があるように見えるのです。まったく忖度の精神がない人は、あいつは気のつかない、気の回らないどうしようもないヤツだと…出世街道から取り残されるのでしょうね。

それが証拠に、会社や官僚のエライさん方が、たとえば工場や炭鉱の一労働者のことを思いやるとき、“忖度”という言葉は使われません。労働者が低賃金で長時間働くことは当然とみなされていますから、それに対して組合が賃上げ、労働時間短縮を直接訴えてきますし、会社の上の人、官僚は具体的な対応、数字で答えようとするからでしょう。エライさんがシモジモの人の生活苦を忖度することが全くないわけではないのでしょうけど…。

見返り、保身を意識し、たとえ意識せずに期待しているなら、それだけで、もうすでに慈善、思いやりではなくなると思うのです。夫婦の間、自分の子供との関係で、忖度という言葉は全く使われていないように思いますが、どうでしょうか。

もちろん、政治の世界、官僚社会では忖度と思いやること、そして先回りして相手に良かれと行動することが微妙な線の上にあるのでしょうね。安倍さんが首相の時、森友学園、加計学園などのスキャンダルで、“忖度”に新しい意味を付け加えたのでしょうか。

それに伴い、“拝察”という言葉も初めて目にしました。天皇陛下の側近が、オリンピックに関連してコロナの危機感を、陛下の言葉、態度から“拝察”したとありました。これは、“恭(うやうや)しく推測する”という意味のようですが、側近の“拝察”が天皇陛下の本当の心中かどうか、誰にも分かりませんから、邪推かも知れません。

今の天皇陛下は、割りとはっきりとした物言いをする人だと思っていましたので、周りの人が拝察などするのは余計なことで、直接彼自身の言葉で彼の意見、心中を聞いた方がスッキリしたと思います。側近の”拝察“を抜きにして…。

忖度や拝察をするのは自然な心情なのかもしれませんが、相手の気持ちを先回りして、読み過ぎ、それを行動に移すことはまったく別のことではないでしょうか。

忖度文化はほとんど“ゴマスリ”文化に近いように見えるのです。

-…つづく 

 

 

第718回:コロナ禍のおかげで儲かった…

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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