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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第287回:山シーズンの終わり

更新日2012/11/22



歳の割にはという悲しい条件を付けなければなりませんが、私たちは比較的よく山歩きをする方だと思います。11月になり、山々の頂から裾野にかけて真っ白になると、私たちの山シーズンは閉幕です。これからは、夏には暑過ぎてとても入り込むことができなかった砂漠や谷間、川沿いのハイキングになります。

今年の夏、ウチのダンナさん、渓流に架かった小さな丸太の橋で足を滑らせ、川に落ち、アバラ骨にヒビが入り、2ヵ月間動けない状態でした。咳やクシャミをすると響くのでしょう、めったに痛いと言わないタイプなのですが、ムッと顔をしかめ、肋骨のその部分を押さえ、かがみこんだりしていました。

ですが、肉体的な痛さより、バランスを崩し、転んだという老人症が我が身に起こったことに、心理的ショックを受けていたようです。その上、同行した若くてきれいな女性の(私ではありません、私の生徒さんです)目の前でブザマな老醜をさらしたという精神的なダメージもかなり大きかったのでは…と見ていますが。 

そのせいで、今年はあまり山歩きができないシーズンでした。

私たちの山歩きは、時々山登りになりますが、群衆から離れ、自然のほんの一部に触れることが目的と言えば、言えるでしょうか、もっぱら人気(ヒトケ)のないところを歩き、お隣さんなんか誰もいないところでキャンプをします。

行列ハイキングはいくら景色が素晴らしくても、人混みを歩いたのでは街の日常性から逃れる意味がないと二人とも思っています。キャンプでうるさいお隣さんがいることほど、嫌なことはありませんし、他人のお尻を見ながら山登りするのはラッシュアワーの時に駅の階段を上るようなものです。

その分、多少の危険を覚悟しなければなりません。突然の天候異変とか、クマやマウンテンライオンに襲われるとかです。ヨットでクルージングをしていた時も、もっぱら人気のない湾に錨を下ろしていました。

そのツケはディンギー(足船)を漕ぎ、近くの島を探索中に本船であるヨットに泥棒が入り、金品をゴッソリと持って行かれることで、支払わなければなりませんでしたが…。

それでも、小さな湾を自分だけで、ほんの数日にしろ占有できる、孤独感、素晴らしさには代えられないように思います。そんな習慣を山歩き、キャンプにも引きずっているのでしょうね。

もう二人ともいい歳ですから、これから登れる山は限られてきました。コロラドには1万4,000フィート(フォーティーナーズと呼んでいます。約4,267メートルの山々)以上の山が56峰あり、それをいくつ登ったかが、地元の山好きの人たちの、チョットした基準、自慢になっています。

もちろん、とても易しい山、そこにたどり着くだけで2、3日キャンプしなければならない、不可能に近い山など様々です。すべてに登った人は何十人もいますので、取り立てて新聞沙汰になることはありません。私たちはそのうち11の山に登っています。

しかし、この3、4年、フォーティーナーズに全く登頂していないことに気がつきました。雄大な山すそを散策して降りてくることが多くなったのです。それにフォーティーナーズにこだわらず、それより低いサーティーナーズ(1万3,000フィート、3,962メートルクラスの山々)、さらに低い山のなかにも、たくさん魅力的で、しかも人気の少ない素晴らしい山がたくさんあるのです。

なんでも、日本では団塊の世代がワサッと大量に定年退職し、ソレッとばかり山に繰り出したのでしょうか、登山ブームだといいます。統計好きなうちのダンナさんが見せてくれた数字によると、日本でこの年の夏、7月、8月の2ヵ月間だけで676人が遭難し、北アルプスでは173人も遭難しています。

富士山の山開きの長大な行列の写真を見て、あきれ果ててしまいました。アレを見て、一体全体、山歩きの楽しみとはなんなんだろうと思わない人はいないでしょう。ただ、日本で一番高い山、象徴としての山に登るということに何の意味があるのか……同じ山登りでも、私には全く別の世界のことのように思えます。

日本だけではありません。エベレストも空前の登山ブームに沸き、今年のプレモンスーンのシーズンに、ベースキャンプには約1,000のテントが立ち並び、3,000~4,000人もが住み、まるでネパールの中規模の町並にテント村が膨れ上がったといいます。

皆が待ちに待った絶好の頂上アタック日和には900人が登頂を目指したそうです。 何百人がナガーイ列を作って、抜けるような雪山の空の下、絶景の中を行進している写真には唖然とさせられました。結果、12人が命を落としました。

私たちが富士山に登ることはないでしょうし、エベレスト登山など全く不可能ですが(体力的にも金銭的にも)、第一、そんな人ごみの中へ行きたくありません。

近くの山々を、頂上に立てなくてもいいから、老人風によろけながら山裾を歩き、白い尾根を眺めていたい……そんなスタイルで、歳相応の山歩きを続けていきたいと思っています。せいぜい、丸太の橋から滑り落ちないようにね…。

 

 

第288回:"我々、日本人は…"と"We American people…"

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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