第782回:スパイ大合戦 その2
アメリカの大学や研究機関には、当然、様々な問題があるにしろ、良いところは、優秀な人材、頭脳を世界中から集めて、自由に研究させることでしょう。また、それをバックアップする財団があり、他の国が羨むような大金を比較的ヒモ付きでなく使えることでしょうか。
科学、医療、物理関係のノーベル賞、受賞者がたくさんアメリカの研究機関、大学から出ているのは、豊富な資金と全世界から優秀な頭脳を集めているからでしょう。日本人のノーベル賞受賞者は今まで31人いますが、科学の分野ではアメリカの大学、研究機関で成果を上げた人が何人もいます。
小柴昌俊はロチェスター大学、根岸英一はペンシルバニア大、利根川進はカルフォルニア大、中村修二もカルフォルニア大、真鍋淑郎はプリンストン大を居城にしていましたし、1,000円札に顔が載っている野口英世(この人何をした人? と、ダンナさんに訊いて知ったのですが、夏目漱石くらいは知っていましたが、樋口一葉なぞ全く知りませんでした)は、ロックフェラー財団の医学研究所で半生を送り(南米で細菌、黄熱病の研究を続け、現在のガーナのアクラで亡くなっています)、3度ノーベル賞候補になっています。彼など日本にいては学閥に潰されていたかもしれません。ロックフェラー財団にいたからこそ、自分の研究を伸ばすことができたと思います。
日本人の研究者にスパイ容疑をかけられたことはありません。逆に、彼らの研究成果が全世界に広がることで、人類が大いに助けられた、アメリカ政府や財団にとって良いことだとしていました。
ところが、今ではひと昔前に、主に軍事、核兵器のスパイ合戦が繰り広げられていたのとは全く様相を変えた、ハイテック関連のスパイ合戦が幅を効かせてきているのです。中国、北朝鮮、ロシアなどのコンピュータ・オタク集団が、いともやすやすとアメリカ国防省のネットワークに入り込んだり、CIAやFBIのコンピュータにアクセスできるのだそうです。アメリカ側も優秀な頭脳を集めて防戦していますが、2、3ヵ月もすると、大枚をかけた防諜システムは破られてしまうと言います。きっとアメリカも外国の政府機関に対して、同じようなサイバー攻撃を仕掛けているのでしょうね。
2014年には、アメリカは中国から5件のサイバー・アタックを受けたと発表しています。
Franklin Tao先生のケースは、彼がHuimin Liuと言う、中国の清華大学(Tsinghua Univ.)の若い女性教授がオーストラリアのシドニー大学にフェローシップで在籍していた時、彼女をアメリカに呼び、共同研究をしたにもかかわらず、論文を彼だけの名前で発表したことに端を発しているようなのです。それを根に持ったLiuさんがFBIに垂れ込んだだけのようなのです。なんだか、学会のゴシップじみて、米中関係を揺るがすようなスパイ合戦ではなさそうです。
でも、叩けば埃が出る身だったのでしょう。折しも時の大統領トランプが対中国への締め付けを強化し、その一環として大学の研究室が余りにオープン過ぎる、研究の成果はアメリカに属し、アメリカに対する学者の忠誠心を求めた時でした。Tao先生はカンサス大学に来る前、中国の福州(Fuzhou)大学で研究をしており、カンサス大学に来てからも福州大学と共同研究を続けていましたから、当然膨大な量のメールをやり取りしていました。そして研究費として、相当な金額を福州大学から受け取っていた、そのお金は福州大学を隠れ蓑にした中国政府から出ている、と言うのがアメリカ政府がこじつけた理由なのです。
確かに Tao先生、福州大学から300万ドルで教授、研究員の誘いを受けていましたが、彼はそれを断り、カンサス大学に留まる方を選んでいます。
2019年にTao先生、逮捕され保釈になっていますが、アメリカの犯罪者、主に強姦容疑者や幼児性愛者が保釈される時に着けるGPSロケータ(足首に常に居場所が判る発信機)を着けられ現在に至っています。裁判は、来年2023年の1月に行われます。
なんと、逮捕されてから3年以上も経っているのです。その間、Tao先生、ズーッと足首にGPSロケータを着けて暮らしていたことになります。検察側はTao先生のスパイ容疑、研究の成果を中国に流していたという容疑をすべて取り下げ、外国からの送金を収入としてアメリカの税務署に申告しなかったという容疑だけになりそうです。そんな税金の申告漏れで裁判所に出頭しなければならないなら、アメリカ人の半分くらいは当てはまるのではないかしら。
ちなみに、南イリノイ大学の数学の中国人教授、Mingqing Xiao先生が同じような罪に問われ、今年の9月に裁判があり、判決が下されました。600ドルの罰金と執行猶予の裁決でした。経済犯と呼べないくらいの微罪です。
大学の研究者、教授は一般的に専門オタクで、学会などで知り合った同じような研究をしている仲間や研究結果に興味を持っている企業の研究者と集う機会に、ちょっとした接待があったり、レストランで会食したり、一杯やることが往々にしてあります。それを少し演繹して、ウチの大学に、研究所に遊びに来いと招待を受け、その時、わずかだけど旅費の足しにでもとお金を渡されることもありうるでしょう。それが外国の研究機関や企業からだと当然問題になるのですが、専門オタク研究者はそんなことに頓着しません。
今回のTao先生の容疑でも、トランプ大統領のお声が掛かり、締め付けがなければ、問題にならなかったであろう、軽犯罪というか微罪です。
ですが、今の世の中、専門バカの研究者であろうと、社会意識、政治意識を持ち、属している社会に対するコモンセンス、常識的レベルの良心、忠誠心を持ち、給料を貰っている社会、国に対して責任を負っているのを忘れることが許されなくなってきています。
そして、外国で働くこと自体、常にその国の政情に大きく左右される性質があると実感しました。
ただ、私が青春の一時期を過ごした同じ大学の教授が関わった事件というだけで、Tao先生がどんな研究をしているか、論文を一つも読でいないのに、長々と書いてしまいました。
なお、Tao先生、カンサス大学のMarquee Prize(マルキー賞;優れた研究に対して贈られる大変名誉な賞です)を受けました。
-…つづく
第783回:町に降りてきた動物たち その2
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