第783回:町に降りてきた動物たち その2
「第778回:町に降りてきた野生動物たち」で市内をクマがウロツキ始めたことを書いたら、日本に住む義理のお姉さんが、札幌界隈、郊外にもクマ出没が珍しくなくなってきたと教えてくれました。一度『のらり』に書くと、意識がズーッと残るのでしょうか、町に降りて来た野生動物の記事、ニュースが目に飛び込んでくるようになってしまいました。
アメリカ中西部だけかと思っていたところ、クマは東部のアパラチア山脈近くの町や村にも降りてきていて、残飯を漁り、人間との生活圏を共有する?ことが甚だしく多くなったとニュースにありました。
北アメリカ大陸には、他にも人間界に関わっている動物がいます。筆頭はラクーン(アライグマ)でしょうか。愛嬌のある顔をしていて、タヌキに似てはいますが全く別種です。子ラクーンは可愛らしく、餌付けが容易ですから、私たち家族がカンサスシティーの郊外、ほとんど田舎に住んでいた時に、弟が子供のラクーンを“ぺスキー”と名付けて飼っていました。
ところが、このラクーン、赤ん坊の時は良いのですが、ティーンエイジになり爪が鋭くなり、歯も丈夫に生え揃ってくると、それはもう滅多矢鱈に誰かれなく引っ掻き、齧るようになったのです。室内にあるもの何でもかんでも齧り、爪を立てるのです。おまけに、すでに家で飼っていた猫2匹、雑種のダックスフンドとも折り合いが悪く、仲良しにならないどころか、互いに無視し合う関係になりませんでした。
決定的な事件は、鶏小屋、金網で囲ったスペースに小さな小屋が付いているだけのものでしたが、“ぺスキー”がそこに浸入し、何羽かの鶏を殺してしまったのです。親に説得され、弟は“ぺスキー”を近くの森に放たなければなりませんでした。
野生の動物は子供の時は至って可愛いのですが、ティーンエイジャーになると、ある日突然野生に返ります。恐らく、弟がこっそり、庭先に餌を出していたと私は睨んでいるのですが、しばらく、“ぺスキー”は家の周りを徘徊し、表敬訪問を繰り返していました。その年の夏の終わり頃だったでしょうか、母親ラクーンが4、5匹のべイビーを連れて家にやって来たのです。
近づいても逃げないので、その母親は“ぺスキー”だ!と、自分の子供たちを連れて、私たちに見せに来た…と、そのあたりは大いにこっちの勝手な思い入れ、感情移入かもしれませんが、家族の大ニュースになったのです。日本でもラクーンをペットとして飼うのが流行ったことがあり、1970年頃、1年に1,500頭もアメリカから輸入しています。
野生の動物だけではないでしょうけど、すべての動物は食べ物を漁るのが生存していくために必要なことは分かり切っています。その餌を誰かというか人間が持ってきてくれるなら、そんな容易なことはありません。
サンフランシスコの有名なゴールデンゲイト・ブリッジの袂にある大きな公園で、爆発的にラクーンが増えています。それは幾人か、きっとたくさんの人が、餌に寄ってくるラクーン、立ち上がって車の窓に擦り寄ってきて、餌を乞う仕草が、「ワー、可愛い!」と食べ物を運んでくるからです。もちろん市の条例で野生の動物に餌をやることは禁止されているのですが…。
仕草が可愛らしいのは黒クマも同じで、アパラチア山脈の裾に数多くある別荘に、人間様が不在の期間、我が家のように住み着いてしまうクマが結構多くなり、人間様とクマたちが別荘をシェアしています。子供用の滑り台や木から吊るしたタイヤのブランコで仔熊が遊んでいる様子を監視カメラの映像で観ると、本当にカワイイものです。
現在、アメリカ本土に約80万頭の黒クマが棲んでいます。環境に適応する能力が高く、体型も色もアパラチアの黒クマとロッキーの黒クマとではまるで違います。ロッキーの黒クマの方が倍近く大きく、色も真っ黒からほとんど茶褐色とバリエーションに富んでいます。性格は至って恥ずかしがりで臆病なほどだそうです。獰猛な北海道のヒグマ、アラスカのグリズリー(ハイイログマ)とは随分違うらしいのです。とは言っても、あの力と爪ですから、軽くフックをかまされると、人間など簡単に肉と骨を削ぎ落とされるでしょう。クマさん、ただ親愛の情を示そうと、ハグしたかっただけなのかもしれませんが…。
大都会のシカゴ市内に、コヨーテが出没しているニュースを観た時、ちょっと信じられない思いでした。コヨーテはオオカミと犬とをかけ合わせたような中型犬ほどの大きさのどう猛な肉食動物です。私たちが住むロッキーの山里に棲息しているコヨーテはこの辺りの牧場、農家の大敵です。犠牲になる筆頭は鶏、そして子牛、子豚、ペットの犬、猫だからです。
私も一度、鹿の群れを襲うコヨーテを通勤の途中で目撃したことあがります。彼等はもっぱら子鹿を狙い、親鹿から引き離し、待ち伏せするように襲っていました。逃げ遅れすっかり動転した鹿が止まっている私の車にぶち当たってきたこともあります。ここでは、夜コヨーテが遠吠えをすると、周囲の牧場で飼っている犬どもが一斉に吠え始め、喧しいほどのコーラスになります。
コヨーテは環境に順応する能力が高く、大都会のシカゴで都会人ではなく都会犬? 都会コヨーテとして立派に生き延びているようなのです。大都会のコヨーテの活躍は、麻酔銃で仕留められ、首にGPSロケータを付けたうえで森や山に放たれているので、その動きや活動がツブサに分かります。
コヨーテも都会派でもっぱら街の中心を徘徊するタイプの野良コヨーテから、郊外の閑静な住宅地を好むコヨーテまで現れ、推定で毎年40万頭死んで(多くは殺されるか、車に轢かれて死亡)いるにもかかわらず、増え続けています。
なにせ人間の住むところには、餌、主にゴミがあり、簡単に殺せるペットがふんだんに住んでいますから、山や森で痩せ細ってお腹を空かし、必死になって子鹿や農家の鶏を獲るより安楽な暮らしができるのでしょうね。今では、ハワイを省いたアメリカのすべての州に生息圏を広げるまでになりました。
ラクーン、クマ、コヨーテなどは森や山に住む野生の動物の範疇からはみ出し、都会に棲む、別種の野良ラクーン、野良クマ、野良コヨーテを形成しているようなのです。一旦町に住み始めると、彼らは森に帰らず、都会で交配をしますから、生まれた時から自然の森や山を知らない新しい都会派のラクーン、クマ、コヨーテが育っていると言います。
野生動物保護官も元々自然が好きな人種なので、都会のゴミ場を漁る元野生の動物の調査には余り力を入れていないようなのです。
私たちが山裾の野生動物と隣り合わせに住み、幸せなのと同じように、元野生の動物たちも都会に降りてきて、そこを生活の場にし、安楽に生きていくのとは案外同じ次元のことではないかと思ったりします。
-…つづく
第784回:ハーフ全盛の時代
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