第90回:コロラドロッキーの冬
更新日2008/12/11
私が住んでいるの町は、コロラド州の西、地元の人がウエスタン・スロープ(西斜面)と呼んでいるところにあります。
実際にはロッキー山脈の西斜面が終わり、コロラド川とガニソン川が合流して造った谷間にこの町はあります。標高が1,500メートル以上あり、高原と言ってよい高さですが、東西を3,000メートルの山々に挟まれているので、高原と言うより谷間の町と言った方が当たっているかもしれません。
晴天日が300日以上あり、しかもコロラド川とガニソン川の豊富な水に恵まれているので、昔から果樹園の盛んな小さな田舎町でした。気候が良いせいと、物価が安いせいでしょうか、老人ホームがたくさんあり、定年退職者も大勢この町に移り住んでくるようになりました。
アメリカ人は一般に自分が暮らしていた土地に執着が薄く、条件のよいところ、住みよいところに気軽に移り住む傾向があります。老人がたくさんいれば、栄えるのは病院です。人口10万人のこの小さな町の最大の産業も一番大きなビルディングも病院です。今も拡張工事中で、その病院の周囲はまるで、一つのコロニーのように、クリニック、歯科、リハビリセンター、超高級からまずまずクラスの老人ホームが取り巻くようになりました。
雑誌「リーダーズ・ダイジェスト」に"老後を過ごすのにもっとも理想的な全米10の町"のひとつに選ばれてから、町は急速に大きくなってしまいました。私たちがこの町に移り住みはじめた6年前に比べ、人口は60%増え、田舎町としては異状なブームタウンになってしまったのです。
もと梨園だったところに建っていた古い農家を改造して住んでいましたが、この3、4年の間に梨の木、桃の木、さくらんぼの木は切り倒され、果樹園は日本並みに家と家とがくっ付いている団地になってしまったのです。
辛い決断でしたが、もっと静かな山の方に逃げることにしたのです。通勤に1時間もドライブしなければならないうえ、家は半分の広さ(狭さ)で、水道も下水もない山の小屋に今年の9月に引越しました。
ここに移って一番驚いたのは、静かさです。風のない日には、まるで完全防音装置の付いた部屋にいるような静かさなのです。小屋の東側が岩の壁になっているせいでしょうか、かなり遠くで吠えているコヨーテや、オスのエルク(トナカイ)のビューグル(角笛)のような遠吠えが間近に伝わってきます。
もう一つの大きな驚きは、星の数です。谷間の町でも結構夜空を楽しみましたが、ここは2,200メートルの高地で、空気が乾燥しているうえ、周囲に灯りが全くないせいでしょうか、この山で見る星は私が宇宙に飛び込んだような錯覚を抱かせるほど満天に輝いているのです。流れ星が多いのにも驚きました。椅子を持ち出し、星鑑賞をしたりしています。
3,000メートルほどの高さは、もうすっかり真っ白になり、たくさんの動物たちが次第に下へ降りてきました。鹿は群れを成して通勤の邪魔になるくらい集団で道路を渡り、夜暗くなって家路に着くとき、ヘッドライトにギラッと反射する鹿の目に急ブレーキを踏むことは珍しくありません。
鹿と交通事故を起こせば、鹿も大怪我するでしょうけど、私の大中古のホンダ・シビックも大破することは確実ですし、したがって運転席の私も鹿と同じくらい大怪我をすることになるでしょうから、この時期の運転は特に要注意です。
先日、野生の七面鳥が10羽ほど、歩行者優先とばかり堂々と道路を横断していましたので、車を止め待たなければなりませんでした。動物たちも冬の準備で忙しいのでしょう、近くの牧場の鶏小屋にマウンテンライオンが晩餐に来て、散々飽食した挙句、牧場主に見つかりあっさり撃ち殺されました。
隣の家に、といっても何百メートルも離れていますが、熊が進入し、台所を荒らして行ったと、その翌朝、おばさんが4輪駆動のATV(四輪バギー)にまたがって知らせにきてくれました。熊注意報発動です。
小さな動物も冬越えのためでしようか、活発に動き始めました。顔なじみのウサギが3羽、近くに住み着いていますし、リスやチップモンクという小型のリス、小鳥も餌を求め、そこここに目にするようになりました。ここの動物たちは私を同類と思っているのか、近寄っても逃げません。小鳥は私の手のひらに止まり、餌をついばみます。とてもくすぐったいですが。
冬になり餌が足りないのでないかと、木から吊るす小鳥の餌箱を買い、餌を入れたところ、どうして小鳥とリスは餌のありかがすぐに分るのでしょうか、ホントにものの15分で餌箱を空にしてしまいました。そしてそのテーブルマナーの悪さと言ったらありません。ワーッと集団で来て、食い散らかし、サーッと引き上げていくのです。
80%くらいの餌は下に落ち、それはリスが片付けてくるからよいようなものですが、私の安い給料ではとても小鳥たちの殺伐とした食欲に対応できるものではありません。下手に野生の動物に餌をやり、小鳥やリスが肥満になり、飛び回れなくなっても困るし、やはり、小鳥やリスは餌を求めて動き廻るのが自然かな、と思ったりしています。
動物たちにとって大変な冬ですが、この冬はわたしたちにとっても大きな挑戦になることでしょう。
第91回:英語にはない『反省』という言葉

