第135回:とりとめもない牛の話
更新日2009/01/08
平成に入り20年が過ぎ、21世紀に入って8年がすでに経過した。今年は己丑(つちのとうし)の年ということである。
牛と聞いてまず思い浮かべるのは、中学校の時に国語の教科書に載っていた、高村光太郎の「牛」という詩である。
牛はのろのろと歩く
牛は野でも山でも道でも川でも
自分の行きたいところへは
まっすぐに行く
から始まる、光太郎29歳の年の作品で、詩集『道程』を発表し長沼智恵子と結婚をする前の年に作られたもののようだ。牛の愚直なほどまっすぐな生き方を讃し、それを通じて人間を肯定する力強い詩だった。
担任の女性教師が、この長い詩を朗読してくださった。ところが、途中で生徒たちが飽きて無駄話を始めてしまった。また、もともとは太宰治に傾倒していた教師なので、白樺派に身を置く光太郎の詩の朗読には、今ひとつ身が入らなかったのだろう。
牛の姿を詠っているからこそ、本来はリズムを持って読まれなければならないところを、それこそ牛歩のように抑揚のない朗読に終わってしまっていた。何か、とても不完全燃焼で終わった授業であった記憶がある。
長野県の富士見町にある、私の父方の本家は、父の両親と長兄家族が暮らしていたのだが、農耕用の牛を一頭飼っていた。私が小学校の高学年になる頃までいたのだから、四十数年前の話である。他には、山羊と鶏も飼っていた。
いつもは、小さな牛小屋(けっしてきれいとは言い難かった)で、柱に繋がれて温和しくしており、ときどき「モオーッ」と鳴き声をあげていた。私の記憶するところでは、もうかなりの高齢で、温和しい性格もあって、従兄弟たちからは少し馬鹿にされているようなところがあった。
ところがある冬の日、誰が何の目的なのかは忘れたが、季節がら稲の刈り後しか残っていない田んぼに牛を連れて行き、一瞬手綱を放してしまった瞬間、その老牛が猛烈な勢いで走り出した。そして、田んぼの回りをグルグルと回り始めたのである。
いかに角の先を丸く切り落としているとは言え、やはり相手は大きな動物、従兄弟たちはてんでに逃げまどう。私も牛の来ない場所に避難しつつ、さあどうなることかと見守っていた。
驚いたことに、その牛を捕らえてしまったのは祖父であった。当時すでに還暦を超えていた祖父が血相を変え、暴走する牛の首根っこにタックルに入る。そして、手綱を掴むと、牛のこうべを地面に押さえつけ、「言うことを聞けと言うに、おとなしくせんか」と一喝し、牛を柔道の袈裟固めのような姿勢で押さえ込んでしまったのだ。
これには牛も観念した。小さく呻くような鳴き声を上げた後は、一切祖父に抗うことなく、従順に牛小屋に導かれていった。そして、いつものように穢い藁を食み始めた。
祖父は、何事もなかったように部屋に戻り、テレビの大相撲中継をつけ、贔屓の富士桜関に向かって、「今日は負けんなよ」と気合いを入れていた。いつも厳しく叱られ、とても冷たいところのある、私にとって苦手な祖父だったが、この時ばかりは格好いいと思った。
今考えてみると、やはりどこかしら、明治男の気概というものがあったのかも分らない。
話はぐっと最近のことになる。と言っても10年前に私がスコットランド旅行に行ったときの話だ。スコットランドの最北端、即ちブリテン島最北の地、ジョン・オグローツを訪れたときのことだった。
その北の果ての果てにあるダンカンズビー・ヘッド(岬)(日本の東尋坊を更にスケール・アップしたような断崖絶壁の地)に向かおうとジョン・オグローツの旅行案内所(通称;i)を訪ね、受付の女性に応対してもらった。
「ダンカンズビー・ヘッドにたどり着くにはどう行けばいいのですか?」「そこをただまっすぐ行ってください。1マイルあまり歩くと岬に着きます」。実にシンプルな、英語がからきし苦手な私にもすぐ理解できる答えだった。
言葉は分かりやすかったが、いざ歩き出してみると、いきなり柵を施した牧場にぶつかるのである。そこを避けるとしたら、とんでもない距離を迂回しなければならない。何回か迷ったが、ようやく理解できた。柵を越えてまっすぐ進めと言うことなのだ。
言葉の通り、実にシンプルなことだった。必要以上の矢印など一切ない、小気味の良い単純さなのだ。
ところが、途中で十頭を超える牛の群れに出会す。牧場なのだから当たり前なのだが、見渡す限り人っ子一人いないのには参ってしまった。牛と言っても日本の牛の2倍も3倍もあろうかという巨大な茶褐色の牛たちが、低い柵を隔てて目の前にいるのである。
実に優しい目をしているのだが、何かの拍子でいつ怒り出すか分らない。私は彼らに対してきわめてフレンドリーな表情で、しかもきわめて慎重にその脇を歩いていった。「善良な旅行者なのだから、君たちどうか怒らないでね」と、心の中で繰り返しながら。
私のかなりの恐怖心など全く意に介さぬように、彼らはのんびりと草を食み、尻尾で飛び交う小さな虫たちをはね除けていた。
それにしても、大きな、大きな牛だった。私はかつてあんなに巨大な牛を見たことがない。あれから10年、またあの牛たちを見に行きたいなあと思っているのだが、貧乏暇なし自転車操業の身、いつ実現することだろうか。
第136回:楕円球の季節-2009年睦月如月版