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■店主の分け前~バーマンの心にうつりゆくよしなしごと

第298回:流行り歌に寄せて No.103 「あゝ上野駅」~昭和39年(1964年)

更新日2016/02/25

東京には、かつて地方出身者が上ってくるのを迎え入れる、玄関となる終着駅が三ヵ所あった。 上野駅、東京駅、そして新宿駅である。東北線、常磐線、上越線など、東京よりも北東に位置する地方からの乗客の終着駅が上野駅。 東海道線は東京駅、そして中央線は新宿駅が終着駅である。

「かつて・・・あった」と書いたのは、現在では新幹線が多く導入され、乗り入れなどがあるため、終着駅という概念ではなくなったからだ。

昭和30年代初冬から40年代にかけて『金の卵』と呼ばれ、中学卒業と同時に上級の学校に行かずに京浜の工場などで働くために集団就職で上京した人々が数多くいた。 彼ら、彼女らの中には、当然東京駅ないしは新宿駅から東京に入った方々も少なくなかったろうが、やはりイメージからすれば、上野駅に降り立つ中卒の少年、少女の印象の方が圧倒的に強い。

今回の『あゝ上野駅』は、まさにその人々を歌ったものであるが、上野駅には望郷を歌った歌謡曲がよく似合う。

新宿駅を歌ったものでは、この曲の翌年、五木ひろしのデビュー曲であり、この頃はまだ松山まさると名乗っていた頃の『新宿駅から』があるが、これはそのまま『ああ上野駅』の新宿駅版という雰囲気を持つものである。

東京駅で言えば、少しニュアンスは違うものの吉田拓郎の『制服』という曲があり、それは集団就職で上京した少年少女たちの心情をそっと慮るように歌われたものである。

ちなみに、私が高校を卒業後上京した時の玄関は、愛知県に住んでいたため、東京駅だった。その後、両親が長野県岡谷市に戻ったため、新宿駅に変わった。

私の印象では、田舎からこちらに戻って来た時、いきなりワッと都会の現実に戻されるのが新宿駅。東京駅には、都会入りする前にワンクッションあるような、ニュートラル・コーナーのような趣きがあり、こちらの方が、気持ち的には楽である。

「あゝ上野駅」 関口義明:作詞 荒井英一:作曲 井沢八郎:歌
1.
どこかに故郷の 香りを乗せて

入る列車の なつかしさ

上野は俺らの 心の駅だ

くじけちゃならない人生が

あの日ここから 始まった

<台詞>
「母ちゃん 今度の休みには、
店のだんなさんも故郷(くに)に帰れって
言ってくださっているんだ
俺 今度帰ったら 母ちゃんの肩を
もういやだって言うまで 叩いてやるよ」

2.
就職列車に 揺られて着いた

遠いあの夜を 思い出す

上野は俺らの 心の駅だ

配達帰りの自転車を

とめてきいてる国なまり

3.
ホームの時計を 見つめていたら

母の笑顔に なってきた

上野は俺らの 心の駅だ

お店の仕事は辛いけど

胸にゃでっかい 夢がある


作詞をした関口義明は、当時23歳で埼玉県の地方銀行に勤務していた。彼はある日、農家向けの家庭月刊誌『家の光』(懐かしい。昔私の父方の本家で購読していて、私も何度となく読んでいた)の作詞の懸賞に応募する。それは上野駅で見かけた『金の卵』の少年たちを題材にしたもので、見事に1位入賞を獲得した。

1位の入賞作品は大物歌手によって歌われると聞いていた関口は、『男船』という曲でデビューをしていたものの、ほとんど無名の歌手であった井沢八郎が歌うことを聞き、正直落胆したらしい。

しかし中学校を卒業後、単身上京して歌手を目指していた井沢の姿が、この曲のイメージと重なり合って、『金の卵』と呼ばれた少年少女たちの中には、自分たちへの応援歌として捉える人々も多く、彼らの強い支持もあり、大変大きなヒットとなった。後に高度成長期の世相を反映した曲として位置づけられる。

1番と2番の間の台詞の部分は、オリジナルは上記の通りだが、井沢がテレビ番組出演中に彼の父親の訃報が入り、その直後に歌った時に彼が即興で発した台詞が下に記すものだった。そしてこちらが好評だったために、その後新たにレコーディングしたものにはこちらの方が使われている。

<台詞>
「父ちゃん 僕がいなくなったんで
母ちゃんの畑仕事も大変だろうな
今度の休みには必ず帰るから
そのときは父ちゃんの肩も、かあちゃんの肩も
もういやだって言うまで叩いてやるぞ
それまで元気で待っていてくれよな」

作詞家の関口は、昭和15年生まれで平成24年に亡くなっているが、『あゝ上野駅』の大ヒットがあったにも拘らず、その後も商社勤務などサラリーマン生活を続け、プロの作詞家として独立したのは40歳を過ぎた頃だという。堅実なご性格ゆえか、スタートが遅かった割には日本作詩家協会理事も歴任されている。

作曲家の荒井英一は、栃木県矢板市の出身、大正13年に生まれ、平成2年に亡くなっている。この曲の他には日野てる子の『若い朝』、克美しげるの『放浪哀歌』などを手掛けている。

ところで、平成15年には「あゝ上野駅」の歌碑が、元プロボクサー、ファイティング原田や、かつての『金の卵』で現在は会社の経営者になっている有志の方々の力添えで、上野駅広小路口前のガード下に建立された。7月6日の除幕式には台東区長、上野駅町とともに、井沢と関口の晴れの姿があった。

そして、平成25年7月28日には、上野駅開業130年を記念し、東北本線の発着する13番線(歌碑からの延長線上にある)の発車メロディーとして採用されたが、平成19年に69歳で他界した井沢を始め、関口も荒井も、その旋律を彼岸からでしか聴くことは叶わなかった。

-…つづく

 

 

第299回:流行り歌に寄せて No.104「明日があるさ」?昭和39年(1964年)

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金井 和宏
(かない・かずひろ)
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1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
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