第578回:たかがラーメン、されどラーメン…
私より相当年上のダンナさんが学生時代に親しんだ音楽は、私の両親が聴いていたものと同じで、懐かしのメロディーを口ずさむ時、ウチのダンナさんとは隔絶した時代、世代の差を感じさせられます。
時代の差が消えてなくなるのは、学生時代に何を食べていたという話題になった時です。私も彼もインスタントラーメンばかり食べていたのです。世の東西を問わず、時代の格差を超越し、ラーメンは永遠なのです。
アメリカで今でも一番安い食べ物はインスタントラーメンでしょう。なんせ10個で1ドルなのです。ドッグフードよりはるかに安く、お猫様用のビタミンその他栄養のバランスが取れた缶詰は、超高級なグルメ食品です。
私は“ラーメン”と聞くと、学生時代に食べた激安のインスタントが脳裏にチラつき、あれが美味しいものだというイメージが全く沸きません。日本で初めてインスタントでない本格的なラーメンをラーメン屋さんで食べた時も、味よりも、周りの人たちが熱々の麺とスープをまるで競技会のように急いでススル音に圧倒された印象ばかりが残りました。
猫舌の私が半分も食べたかどうかという間に、隣の人は少なくとも3回は入れ替わっていたと思います。まるで激しい音を立てて、早く食べるのが、小笠原流の正統的テーブルマナーに則った正しいラーメンの食べ方のようでした。
伊丹十三の映画『タンポポ』を観ても、一番日常的な安い食べ物をあえてパロディーとして取り上げたコメディーとしか思いませんでした。どこの世界にも、奇妙にコダワリ、凝る人はいるものです。
私より2世代ほども若いカップルをボルダー(Boulder)に訪ねた時、グルメ料理人の彼(本職はハイテックの社長さんです)が麺を打つところから始め、本格的なラーメンを作ってくれました。モト日本人らしきウチのダンナさんへの“オモテナシ”の意味がこめられていたと思います。
講釈の多い人ではないのですが、こちらも礼儀として、どのように麺を打ったのか、スープは何から取ったのか訊ねたところ、イヤハヤ、小麦粉はどこ産のもの、挽き方はどの程度、カンスイはどこで買うことができる、麺を練ってから、どのくらい寝かせたほうが良いかに始まり、私が学生時代にすきっ腹にモノを入れるためだけに食べていた日清のインスタントラーメンとはまるで次元が違うことを言うのです。彼イワク、“ラーメンは今や全米で大変な人気でグルメ食品の域…”なのだそうです。
そして、本家本元の日本です。
ミシュランがラーメン屋さんに星を与えたニュースはこちらにまで伝ってきました。巣鴨にあるラーメン屋『蔦』がグルメ垂涎のミシュランの一つ星を獲得したというのですから驚きです。それほどラーメンが進化したのか(もちろん私が食べていた10個で1ドルの日清のインスタントよりはマシでしょうけど…)、ミシュランが日本のラーメンにタブラカされ、点が甘くなったのか、その辺のところは分かりませんが、ラーメンは寿司、刺身、すき焼きと同じランクに入ったようなのです。
何でも『蔦』のラーメンは、スープにトリュフ(西洋マツタケと呼べば良いのかしら?)*1を使い、香り芳醇なるものだそうです。一日限定150食、時間は予約指定制で、予約金1,000円を払わなければなりません。レストランで予約金を取るのは考えられないことで、西欧のどんな超高級レストランでもそんなことはしません。それでも物好きなミシュラン・ハンターが大勢いるらしく、長蛇の列の大盛況とインターネットにあります。ちなみに、一番安いラーメンが900円です。
ロサンジェルス、ニューヨーク、シカゴ、デンバーのラーメン関連サイトを覗いてみたところ、あるはあるは、何十軒という単位で競っており、インターネットお得意のランキング1位から順に載っています。それにしても、英語で“Japanese Soba Noodles”としているのは変です。Sobaは蕎麦、ラーメンとは全く別のもののはずです。今度はお蕎麦がブームになり、世界に広がった時、何と呼ぶのでしょうか?
ラーメンが世界に広く知られ、しかもグルメの仲間入りしたのは、何にでもコダワリの強い日本人的性格のなせるところでしょう。それを喜ぶ気持ちはあるのですが、ユメユメ、並んだり、予約金を払ってまでラーメンを食べたいとは思いません。ラーメンは下町の横丁に汚れた暖簾を下げ、いつでも入れる気楽な店のもののように思うのです。
ラーメンの良さは、その土地に合った柔軟な作り方ができることにあるのですから、寒い北海道の冬に合ったラーメンと、日本の南端の鹿児島のラーメンが違うのは当たり前のことです。麺も違えば、その土地で取れる新鮮なダシの源は千差万別で良いと思うのです。
ラーメンは、食器はドンブリに割り箸だけの装飾、虚飾を廃した実戦的な食べ物なのですから、尽きるところ、食べる人の嗜好、好き嫌い、舌だけが良し悪しの判断基準になると思います。格好ばかりつけたヌーベル・キュイジーヌや料亭の割烹とは次元が違うはずで、ラーメンが気軽に手早く、しかも安く食べるものでなくなるのはなんだか残念な気がします。
逆にアメリカのハンバーガーがどう転んでもミシュランの星のカケラも取れないことにアメリカの食文化の寂しさ、行き止まりを感じてはいるのですが…。
グルメブームに走らず、長年同じやり方でやってきたラーメン屋さん、奇妙なブームに釣られず、踊らされないで、自分の味を守っていれば、必ずお店の味に馴染んだお客さんが必ず定期的にやってきますよ。きっと…
-…つづく
*1:トリュフ(仏: truffe、英: truffle):西洋松露(せいようしょうろ);地下にできる球塊の形をした茸で樹木の根に共生している高級食材。
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