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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第493回:学校と警察の関係~常駐する校内警察

更新日2016/12/15



ウチの仙人たるダンナさん、時になかなかウガッタことを言い、なるほどね~と感心させられることもあるのですが、コト、日本の事情に関しては、半世紀前に時計の針を止めてしまったようで、なんだか化石にモノを訊くようなことになってしまいます。

彼が初めてアメリカに来たとき、大学のキャンパス内に警察署があるのを知った時の驚きは大変なものでした。日本では考えられない、想像を絶したことだと言うのです。半世紀とは言いませんが、それに近い大昔、私が博士号取得に四苦八苦している間、ウチのダンナサンのシゴトは大学キャンパスを我が物顔に隈なく歩き、散策し観察することでした。

その時、大学キャンパスの中を制服を着たお巡りさんが闊歩し、パトカーが巡回しているのを見て、興奮し、「あいつら、大学内で何のために、何しに来ているんだ?」と憤ったのです。 そして、学内に警察署とまではいきませんが、立派な派出所を"キャンパス・ポリス"という看板を揚げた交番、分署を構えていることを知った時、「学生たち、あの看板を引っ剥がしたり、派出所に火炎瓶を投げつけたりしないのか!」と物騒なことまで言い出すのです。

何でも、大昔、ウチのダンナさんたちが学生運動をしていた時、大学は一種の自治地区で、警察が学内に立ち入ることなど想像外だったと言うのです。でも結局、学生たちがロックアウトしていた大学内に機動隊が入り、学生運動は潰されたことのようですが…。

現在、アメリカでは私立の余程小さな大学でもない限り、キャンパス内に警察の派出所があり、お巡りさんが警備しているのは当たり前のことです。彼らは私立の警備会社のガードマンではなく、公務員としての警察です。私が勤めている大学は州立の学生数1万人ほどの地方大学ですが、そこにも警察の派出所があり、24時間常に警察官が詰めています。

学生が発行している週刊の大学新聞にも"察周り"のレポートが欠かさず載りますが、学生寮内でのランチキ、酔っ払い騒ぎ(一応、寮内での飲酒、喫煙、マリファナは禁止されています)で、かなり頻繁にオヨビがかかっているようですし、自転車盗難も週に2、3件(日本は自他共に認める犯罪の少ない国だというのに、あの駅前自転車の泥棒の多さ、その犯人がほとんど全く捕まらないのはどういうことなのかしら…)、外部からホームレスやドラッグ中毒の御仁が入り込み、そのまま寝込んでいるとか、デイトレイプの調書取り、などなどかなり忙しそうです。

でも、先生や学生たちが学内警察に一番期待しているのは、時折ニュースになるキャンパス内の銃乱射事件への予防のように思えます。派出所のお巡りさんがどれだけキャンパス内の銃撃事件の防止に役立っているものなのか分かりませんが、恐怖心に取り入るのは一番容易で説得力があり、納得してしまうのは、アメリカに数限りなくある保険の種類をみてもわかります。

いくら、ウチの仙人が驚き、憤ったところで、大学内に警察署があり、お巡りさんがウロツイテいるのはアメリカでは当たり前のことのように認められているのです。

ところが、そんな光景が高校、中学校にまで及んできています。中学校、高校には大学のように広大なキャンパスや寮などはありませんから、派出所はありませんが、制服を着込んだお巡りさんが、学校が門を開け、閉めるまで常駐し、巡回しているのです。

ニューヨーク、シカゴ、ボストンなどの大都会の高校の玄関に、飛行場のメタルディテクターが設置されたと聞いた時には、ウームそこまでやるか…と思ったものですが、それだけでは充分でなく、常駐の警察官が学校の廊下を巡回するようになってきたのです。

このお巡りさんは、SRO(School Resouce Officer;学校危機対応警察とでも呼んだらいいのかしら)と呼ばれ、校内での喫煙、喧嘩、サボりなどを監視、仲裁する役割です。ですが、アメリカの学校には小学校から高校までSRO警察官の他に、必ずカウンセラーという学生の生活、学力指導のトレーニングを受けた専門職の人がいます。問題を起こした生徒はカウンセラーへ、そして校長先生へと回される習慣でした。

学校に常時警察官が詰めていなければならない状態は、話せば分かる、説得し理解しあうという段階を通り越し、一挙に権力、警察権で物事を抑えようとしていることを示しています。 

現在、公立の学校に詰めている警察官は3万1,000人に及びます。それらの警察官はティーンエイジャー向けのカウンセラー・トレーニングを受けているわけでも、カウンセラーの資格を持っているわけでもありません。暴力を抑えるにはそれ以上の力、暴力で対応するしかない…という考え方で配属されているにすぎません。 

ボストンの例ですと、校内警察を導入する前の2007~2008年に逮捕された学生は464人ですが、学校に警察が詰めてからの2013~2014年には152人と激減しています。悲しいことですが、中学や高校にお巡りさんが常駐するようになってから、どこの学区でも校内の逮捕者数が相当減っているのは事実です。

そこでまたまた、何事にもウガッタ意見を持つウチの仙人は、「警察権力に守られた教育ってのは、一体何なのだ。校内、学内に警察を入れてしまうと、初めは校内の小さな暴力、違法行為だけ取り締まるだろうけど、すぐに、先生たちの教育内容まで本署にレポートするようになり、思想警察への足がかりになるのは歴史が教えているだろうに…。声高に大統領の政策を非難した先生が手錠をかけられて連行され、即クビになる日がすぐそこに見えている。まるでナチスのやり方そのままを自ら進んで受け入れているようなものだ。日本でも戦争中、教練の教師という名で、国粋右翼軍人が学校に来て、左に傾いた先生を盛んに摘発したもんだ」ということになります。 

元々、ウチのダンナさん、制服組を毛嫌し、軽蔑するところがありますから、かなり割引して彼の意見を聞く必要があります。確かに、校長先生や教育委員会にも学校警察官に対する人事権、罷免権がないのですから、学内に警察権を入れることにもっと慎重であるべきだと…思うのです。

 

 

 

第494回:ホームスクーリングからアンスクールへ

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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