第62回:老いらくの恋 その2
ゴメスさんには娘さんが…、と言っても彼女に成人した子供がいるくらいだから、50の坂を越した娘が二人いることすら私は知らなかった。その娘さんの一人が、突然、『カサ・デ・バンブー』にやってきたのだ。
「お父さんは、ここによく女性を連れて来ますか?」
「毎週日曜日に、お昼を摂りにきますよ」と私。
「その女性は、お父さんのところに泊まっている? 一緒に住んでいる?」
「そんなことは、知りませんよ…」。
私は、娘さんの詰問するような、陰にこもった話し方がとても嫌だった。だから、知っていたとしても何も言わなかった。
どうも、チョットした資産家であるゴメスさんに言い寄ってくる女性が多いらしいのだ。そして、老いてなお盛んなゴメスさんには数多くの前科というのか、痴情事件があったらしいのだ。娘さんにとっては、ゴメスさんがその歳で(その時、ゴメスさんは80歳近くか、ひょっとすると越していたかもしれない…)、突然再婚し、遺産の大半をその女性に持っていかれるような事態をなんとか防ごう…としていたのだろう。
ゴメスさんの恋愛はひと夏続いた。
彼女はゴメスさんのアパートに住み始め、ゴメスさんが仕事に出かけている日中、眼下にある石ころのビーチで日光浴をし、『カサ・デ・バンブー』にも一人で顔を見せるようになった。
誰とでも会話を成り立たせ、結果、ゴッシプ種を仕入れることに異常なほど才能のヒラメキをみせるギュンターが、幾日も経ずして、私立探偵の調査並みの身の上や進捗状況を聞き出し、披露してくれた。
それによると、彼女はゴメスさんが鉄材を仕入れるためチョイチョイ訪れるヴァレンシアの人で、ゴメスさんに、「アパートを持っているから、ヴァカンスにいつでも来なさい」と誘われて来てみたら、彼女が想像していたような独立したアパートではなく、ゴメスさんが住んでいるところに同居しなければならなかった。すぐにもヴァレンシアに帰りたいのだが、飛行機も船も、この夏のピークなので満席で予約できず、ズルズルと居座っている…云々。
私は『カサ・デ・バンブー』でゴメスさんと一緒の彼女しか知らないが、彼女がしょうがなくゴメスさんの元にいるようにはとても見えなかったし、ヴァレンシア行きのフェリーは1万トンはある大きなもので、車を積むならいざ知らず、乗客が満員で乗れないとは信じられなかった。ヴァレンシアに帰る気なら、バルセロナ、パルマ経由などいくらでも手段はある、と思った。
彼女はゴメスさんのところに2月以上はいたと思う。私自身は目撃していないのだが、これも情報センターのギュンター経由の又聞き情報では、彼女の夫なる人物が突然現れ、チョットした修羅場が演じられ、彼女をヴァレンシアに連れ帰ったのだった。
ゴメスさんのアパートのすぐ下にギュンターは住んでいたから、すべて手に取るように聞こえた…そうだ。それをギュンターは、さすが演劇人と思わせる声色を使い分け、癇癪持ちのゴメスさんが、憤って彼女とダンナを叩き出した様子を再現するのだった。
こうして、ヴァカンス地によく起こるひと夏の恋、痴情事件は幕を閉じたのだった。
イビサ港の眺め、対岸にはカジノやクラブがある
恐らく、その年の冬だったと思う。
ゴメスさんの目が弱り始め、運転免許の更新ができなかった。何か小さな事故を起こしたのかも知れない。あれだけ警察にコネがあるのだから、多少のことで免許停止になるとは思えない。それと同時に、屋上にある彼のアパートを引き払い、イビサの港の真ん前にある新築の豪華ピソ(マンション)に引っ越したのだった。
ゴメスさんのマンションは海岸通りにあり、彼の5階の部屋からは、イビサ港の全貌を見渡すことができた。私は数ヵ月分の家賃をまとめて払うために何度もそこへ足を運んだ。本来豪華であるべき彼のマンションは、雑然としていて、どうにか足の踏み場こそあるが、薄汚れた暗いイメージが漂っていた。
スペイン製コニャック、一番左の瓶がSoberano(ソベラーノ)
私に盛んにコニャックをすすめてきて、私に長居してもらいたい気持ちがアリアリと見えていた。ソファーの上の新聞を払い除け、そこに腰掛けろと言い、一体何時洗ったか分からないグラスにソベラーノ(スペイン製ブランデー)をなみなみと注ぐのだった。
「イヤー、あのロスモリーノスのワシの家、4階までの上り下りが大変になってきたし、なんたって免許を取られたから、足をもぎ取られたようなもんだ。逆にワシのような老人こそ車が必要なんだけどなぁ…」
ここは、町の真ん中だし、どこに行くにも、何をするにも便利なところだ、エレベーターもあるし、出入りする船を見ているだけでも飽きない…と、至って満足なロケーション、老後の生活には最高の条件だと、ゴメスさんが語れば語るほど、一人暮らしの老人の寂しさが漂い、滲み出てくるのだった。
近くに住んでいる娘さんが、ゴメスさんの鉄材の倉庫、事務所へ毎日送り迎えをしており、一日で一番大きな食事であるお昼も、娘のところで摂っている、全く不満がない…と言うのを聞きながら、ゴメスさんがこの1年でどこか変わってしまったな…という印象を受けた。
ゴメスさんから生気が抜け落ちてしまったのだ。艶っぽいチステ(小話)も語らず、ここでは熱い視線を送る裸の女性もいない。そう言えば、ゴメスさんのロスモリーノスのアパートには、大型の望遠鏡がテラスに設えてあった。それで、眼下の女性群を鑑賞していたのだろう。
今、私も当時のゴメスさんの歳に徐々に近づいてきて分かるような気がするのだが、ゴメスさんから性気がなくなったのだと思う。ラテン人の芯であるアモール、性愛への欲求が、ロウソクの火が燃え尽きるように、消えてしまったのだと思う。
ラテンのマッチョからアモールの炎が消えてしまったら、一体後に何が残るというのだろう。
私はゴメスさんに、また『カサ・デ・バンブー』に来てくれ、常連たちも皆心待ちにしているゾ、と言ったが、一旦ロスモリーノスを離れてからは、ゴメスさんは一度も『カサ・デ・バンブー』に来ることはなかった。
例年のように、2、3ヵ月島を出て、旅行し、春先に島に帰ってきて、ゴメスさんが亡くなったことを知った。今、思い起こせば、冬場に亡くなった人がとても多かったことに驚くのだ。
『カサ・デ・バンブー』というイビサへの窓を開いてくれたゴメスさんの冥福を祈ると同時に、ゴメスさんが彼方で艶っぽいチステを語りながら、笑いの輪を作っていることを祈らずにはいられない。
-…つづく
第63回:サン・テルモのイヴォンヌ その1
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