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■イビサ物語~ロスモリーノスの夕陽カフェにて
 

第44回:デイヴィッド・ハミルトンの少女たち その2

更新日2018/11/08

 

スペインだけではないだろうが、ラテン系の国々、特にイタリア、南フランスには美形が多い。マドリッドの地下鉄の一車両に乗っている女性の70%は、そのまま日本に連れて帰ったら、即何らかのモデル、タレントになれる顔かたちを持っており、美人の範疇に入るのではないかと、我々、いたってムサクルシク、ハンサムには程遠い日本の友人たちと話したものだ。東京、ロンドン、パリの地下鉄やベルリンのSバーンに、一両にハッとさせられる美人が一人、二人しかいないのと比べ、スペインには美形が明らかに多いのだ。

ただし、これには条件が付き、二十歳未満までの女性に限られるのだ。二十歳を過ぎ、結婚し、子供を持つやいなや、急変と呼びたいくらい容色が落ち、太り出すのだ。いったい全体、あの輝くばかりの美しさはどこに行ってしまったのだ…と言いたくなるほどなのだ。

ラテン系に男女とも美形が多いのは、混血が盛んだったからではないかと思う。原始イベロ族にはじまり、ローマ、ケルト、ヴァンダル、アラブの血が坩堝(るつぼ)のようにない交ぜになり、美男、美女の国を作り上げたのではないかと、勝手に想像している。

しかし、美形というのは、日本人の私の目から見てのことで、所詮、美人文化(そんなものがあるとすれば…)は日本で戦後から今まで、ハリウッドに犯された脳、基準があり、ある種の催眠作用を私たちに及ぼしている…とも言える。

確か、本田勝一がカナダエスキモー(イヌイット)に吉永小百合、マリリン・モンローなど、4、5枚の写真を見せ、誰が一番綺麗だと思うか、と訊き調べたことがあった。彼らはそれまでコーカソイド(白色人種)を見たことがなかったから、モンゴロイド系の吉永小百合を口を合わせるように、一番の美人に選んだ…と記憶している。

スペインで竹久夢二の柳腰、泣き顔少女は、決して美人とは見なされないだろう。

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デイヴィッド・ハミルトン写真集『陽の当たる場所』(本文とは無関係)

エレーナ、ファティマ、イザベルの3人娘は昼食時のラッシュの後、「チョット一泳ぎしてくるわね…」と、崖の下の石ころビーチに降り、裸でザンブリと海に飛び込み、気持ちよさそうに泳いだものだ。もちろん、ここでは水着など着る人はいない。その時、イビサに遊びに来ていた日本の友達は、「まるで、若アユだな…」と言ったものだ。

今、老齢も立派な後期高齢者として分類される歳になり、ロバート・フロスト(Robert Frost;米国の詩人)が書いたように(“The Road Not Taken” 「歩む者のない道」)、岐路で自分が歩まなかった道を夢想することがある。

イザベルは誰に言わせても、聡明で性格の良い、しかも謙虚な娘だった。フェルナンドが大いに後押しをしてくれてもいた。イザベルも私に好意を持っていたと思う。だが、私の方に何か燃え上がる要素がなかったのだと、今になって思う。もし、イザベルと一緒になっていたら、イビサであのまま『カサ・デ・バンブー』の親父として暮らしていただろうか…。

私は初めてのオフシーズンをインド、ネパールで過ごすため、今も昔も格安航空券が手に入れ易いロンドンへ飛んだのだった。まだその時は、旅行の虫に憑りつかれていたのだ。

数年後、イザベルが赤ちゃんを抱いて『カサ・デ・バンブー』にやってきた。写真家の若い彼氏も一緒だった。ダンナの彼も群を抜いた美男で、赤ん坊はまさに玉のような子だった。イザベルは少し肉が付き、体全体が丸みを帯びていた。まだ、モデルをやっているのかと訊いたところ、「まさか~、もうとっくの昔に辞めたわよ、あれは若気の至り。今は彼と赤ん坊がすべてよ。彼の写真を観て…」と簡単なファイルを開いて見せてくれたのは、スペイン、バレアレス諸島の海岸に今なお残るローマ塔と現代の灯台の写真だった。

私には芸術を判断する目を持っていないことを自認してのことだが、彼の写真には一種のポエジー(詩的要素)があり、一枚の写真を撮るために、アングルを探し、太陽の光線を探り、待ち、大変な時間と労力を費やしていることが見て取れた。彼はスペインだけでなく、地中海全域を網羅するつもりだと、自信をもって夢を語った。彼はイザベルと赤ん坊に気を配り、その優しさが顔にありありと出ていた。

カフェテリアのようなショーバイをしていると、色々な情報が自然に耳に入ってくるものだ。ゴシップが多いのだが、意外な消息を知ることもある。エレーナはカタルーニアの相当な大金持ちと結婚したと聞いた。

ある日、「お前が大ファンだったファティマが載っているぞ!」と、私の下心を見透かすように、ギュンターがあまり高級ならざるスペインのグラビア誌を持ってきてくれた。そこに3、4ページに渡り、ファティマのセミヌード写真が掲載されていたのだ。フランコ総統がまだ頑張っていた当時、全裸のヌード写真は厳禁で、胸も巧みに乳首を隠すのが精一杯、許される限度だった。

写真はデイヴィッド・ハミルトンのものではなく、イタズラにセックスアピールとスキャンダリズムを狙ったもので、この写真を観ながらスペインの青少年が自慰行為に耽ることを想定して撮った安手のものだった。ファティマは少女からすっかり豊満な女性に成長し、トレードマークのソバカスも厚化粧の下に隠れて全く見えなかった。ただ、あの笑みだけは変わらず、カメラに向かって、半分恥ずかしそうに微笑んでいた。

一度、ファティマに偶然出逢ったことがある。バルセロナのエアポートで、向こうから大声で「タケシ! タケシじゃないの!」と、私を呼ぶ声が響き渡り、ぎょっとして声の主を見たところ、私の世界とはおよそかけ離れた、文字通りハイファッションの極をいく女優かモデルのような女性が微笑みながら、小走りに寄ってきたのだ。

あの微笑がなかったら、とてもファティマだとは分からなかったろう。ファティマは相当背が伸びたようだった。唖然としている私の両頬に軽くキスし、どうしているの? 『カサ・デ・バンブー』はまだやっているの? 私、これからパリに飛ぶところよ、モデルの仕事はスペインにいてはだめね。ヴィセンテとは別れたわ、と矢継ぎ早に言い、そのうち『カサ・デ・バンブー』に行くわね…とまた両頬にキスし、大股で去って行ったのだ。それがファティマを見た最後だった。3人の少女の中で一番天真爛漫、ほとんど純粋無垢で、どこか白い鳩を思わせるファティマだけが、モデル業を続けたのだ。

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デイヴィッド・ハミルトン(David Hamilton) 1983年パリで撮影

デイヴィッド・ハミルトンはパリとサントロペで暮らし、次々とベストセラー写真集を出し、映画まで製作した。巨万の富を稼いだと言われたが、1987年の当時13歳で彼のモデルになったフラヴィー・フラメン(Flavie Flament)から強姦罪で訴えられ、他の少女、幼女モデルたちも強姦罪で彼を訴えたのだった。ロンドンの警察が、ある男をチャイルド・ポルノグラフ所持の罪で逮捕したところ、1万9,000枚ものその手の写真が発見され、その中に大量のデイヴィッド・ハミルトンの作品があり、その方面からもインターポールの手が回ってきたのだ。

写真家として大成を治めたかに見えた彼の人生は一転した。2016年デイヴィッド・ハミルトンは法廷に立つ前に、パリの自宅で自殺した。享年83歳。

-…つづく

 

 

第45回:バスク語と日本語、そしてスペイン語

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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