第14回: 誰のために記事を書く?
この連載の第6回でも書いたとおり、ライターが書く文章の難易度は、中学卒業レベルの読解力を想定します。これは“基本”です。もちろん例外もあります。たとえば、読者層に特長がある場合です。
学術論文や技術論文には、専門用語や日常生活になじみのない言葉がたくさん登場します。これを中学生にもわかるように書くとどうなるでしょうか。論文の読者は学者や研究者、技術者です。専門用語について噛んで含めるような説明をすれば、既知の内容を延々と説明されるようなものです。説明文の中に結論や意見が埋もれてしまうため、文章が正しくても、論文としては役に立ちません。
しかし、同じ論文を学会誌ではなく、新聞や雑誌で発表する場合は、かなり噛み砕く説明する必要があります。新聞は家庭に配られ、雑誌は書店、コンビニ、駅のスタンドで販売されます。つまり、新聞や雑誌の記事は世間一般への発表の機会です。多くの読者に理解して貰うためには、くどいようでも中学生が読める文章にする必要があります。難しいことを易しく説明する。それは難しい単語を駆使する学術論文と同じくらい文章力が求められます。学会向けと一般向け、どちらの文章を得意とするか、これが学職と教職の違いかもしれません。
身近なところではパソコン雑誌が良い例です。パソコン雑誌は、一般向けの情報誌とパソコンを趣味とする人向けの専門誌に区別できます。一般向けにはなるべく易しく、丁寧に書きます。専門誌では読者の誰もが知っている説明文を省略します。略語も多用して、なるべく情報量を多くします。たとえば、一般誌では“このパソコンの基本ソフトはウィンドウズXPです”と書くところを、専門誌では“このPCのOSはXPだ”となります。もしあなたが初心者向けのパソコン誌の文章を“冗長で読みづらい”と思ったら、それは文章のせいではなく、あなたの知識が増えたせいです。初心者を卒業して専門誌にチャレンジしましょう。
パソコン誌のライターは、読者対象を把握して文章を書き分けます。一般向けなら中学生もわかる難易度にします。専門誌向けなら、書く前にその雑誌の読者層を把握する必要があります。初心者向けなら、説明や図を増やします。反対に、ライターの知識レベルより高い読者層なら、時間をかけて調べたり実験したりして、読者と同レベルの知識を身に付けてから書きます。パソコンの知識は幅広く奥深く、自分とまったく同じレベルの読者はいないと言ってもいいでしょう。だからこそ、編集者と打ち合わせ、読者層をリサーチして、書くレベルを決めます。自分のレベルで思うがままに書いてはいけません。読者層を狭めてしまいます。
私もときどき、自分よりハイレベルな雑誌に書く機会をいただきます。必至で勉強し、不安なことは取材して解決します。編集者や取材対象者から間違いを指摘されると、とにかく勉強して覚えます。しかし誌面には、調べたり実験したりする過程は書きません。読者はとっくにその過程を経験しています。既知の事柄の経験談は退屈でしょう。第一、カッコ悪いです(笑)。かなり背伸びをして書いたとしても、それを悟られないほどしっかり勉強すればいい。それだけです。文章を書くだけではライターになれません。読者、つまりお客さまの満足度を高めていく、これがライターという仕事です。
かつては専門用語だった言葉が、パソコンの普及とともに、一般に広まっていきます。私はその目安を新聞記事でリサーチします。たとえば、パソコン誌では“ADSL”と書いていても、新聞では“ADSL(非対称デジタル加入者線)”と表記していれば、ADSLという単語はまだ一般用語ではなく、説明が必要な言葉だ、と考えます。初心者向けのパソコン雑誌でインターネットの記事を書く場合、ADSLについては用語解説のコラムが必要だな、と判断します。
私はパソコンのカタログを書いています。初心者向けの機種では、機能を詳しく説明し、使用事例を中心に説明します。しかし、上級者向けのハイスペックな機種では数字と技術用語をたくさん並べます。彼らの関心は“最新の技術と数値スペックを確認する”です。そんなハイスペックを望むユーザーに、初心者に対するように“これで何をしなさい”という説明は失礼です。
読者層を想定して書き分けた結果、完成したふたつのカタログは同じライターが書いたとは思われないでしょう。それは私にとって大成功というわけです。
→ 第15回:ひとつのことをひとつの文で