■感性工学的テキスト商品学~書き言葉のマーケティング

杉山淳一
(すぎやま・じゅんいち)


1967年生まれ。信州大学経済学部卒業。株式会社アスキーにて7年間に渡りコンピュータ雑誌の広告営業を担当した後、'96年よりフリーライターとなる。PCゲーム、オンラインソフトの評価、大手PCメーカーのカタログ等で活躍中。


第1回:感性工学とテキスト
第2回:英語教育が壊した日本語
第3回:聞くリズム、読むリズム
第4回:話し言葉を追放せよ
第5回:読点の戦略
第6回:漢字とカタカナの落とし穴
第7回: カッコわるい
第8回: 文末に変化を
第9回: "冗長表現"が文章を殺す
第10回:さらば、冗長表現
第11回:個性なんかイラナイ!
第12回:体言止めは投げやりの証拠
第13回:主語と述語のオイシイ関係
第14回:誰のために記事を書く?

■更新予定日:隔週木曜日

 

第15回: ひとつのことをひとつの文で

更新日2002/09/20


友人宅に遊びに行くと、小学校入学前の小さな子供がいました。彼は珍客に興味を持ったようです。私の気を引きたいらしく、自慢のオモチャを持ってきたり、話しかけたりと落ち着きません。親と私が話に夢中になると、いろんな手を使って注目を集めようとします。私も子供は嫌いではないし、乗り物好きという点では子供と同じ。ちゃんと話をすると盛り上がります。子供ってオモシロイですね。話したいことがどんどん閃くけれど、喋るスピードが追いつかない。「あわてなくていいよ、ゆっくりひとつずつ話しなさい」と言っても、機関銃のように話し続けます。しかもときどき弾が詰まります(笑)。顔が真っ赤になり、もどかしさに泣きそうでした。かわいいですねぇ。

さて、子供なら“かわいいね”で済む行動も、大人がやると呆れられたり、稚拙だと批判されたりします。文章の作法もまったく同じです。ときどき、いろんな事柄を詰め込もうとして失敗する文を見かけます。書きたいこと、言いたいことがたくさんある場合に陥りやすいミスです。これは上の子供と同じです。例えばこんな文です。

・パーティが終了し来場者がすべて帰った頃、主催者は中央に飾られた宝石が消えたことに気がつきました。

さらりと読める文ですね。違和感を感じない人のほうが多いかもしれません。しかし、『感性工学的テキスト商品学』を読んでいる人は、いくつかのダメな部分に気付くはずです。まず主語が多すぎます。“パーティが”、“来場者が”、“主催者は”、“宝石が”“気が”。なんと、ひとつの文に5つも主語があります。噴飯モノです。

さらに、主語と述語が一致していない部分もあります。“飾られた”の主語は“主催者は”ではなく“宝石が”です。筆者は“飾られた宝石が”と修飾的に使っているようです。しかし、“主催者は”という主語に近いため、“主催者は飾られた”と誤読される可能性があります。文頭の主語と文末の述語も一致しません。“パーティが気が付きました”では、意味が判りませんね。

“消えたこと”という用法があります。これも商品としての文では避けるべきです。“消えた事実”、“消えた宝石”など、しっかり意味を持たせた言葉にしたいところです。

さて、読者はこの文を読んでどう感じるでしょうか。これは時系列に沿って事実を淡々と述べた文です。さらりと読み流して終わる人もいれば、ミスリードしかけてもう一度読み直す人もいるでしょう。そして、何も感想を持たないまま終わります。結果として、印象に残らない文です。

この文の書き手は、書きたいことを慌てていっぺんに並べたために失敗しています。筆者はなにを書きたかったのでしょうか。

・パーティが終了した。
・来場者が帰った。
・宝石が飾られていた。
・宝石が消えた。
・主催者が気付いた。

この5つの要素をひとつの文に詰め込むという時点で無理をしています。このような失敗をしないために、まずはひとつの事柄をひとつの文を表現する練習をしましょう。

・パーティが終了した。来場者がすべて帰った。その頃、主催者は気付く。中央に飾られた宝石が消えていた。

しかし、これでも事実の羅列に過ぎません。“宝石が消えた”ことは、かなり衝撃的な事件です。“主催者”は心中穏やかではないはずです。それが伝わってきません。そこで、文の順序を入れ替えます。

・宝石が消えた。それはパーティのあいだ、会場の中央に飾られていた。主催者は盗難を知った時、来場者たちはすべて帰っていた。

宝石が消えたことを始めに置くことでインパクトを高めます。さらに、主催者が気付いた時点と来場者がいないという事実は、あえてひとつの文に繋ぐことで関連付けました。このほうがタイミングの悪さを強調できます。

このエッセイでは何度も“書きたいことを書くだけではダメだ”と書きました。書きたいことがあったら、まずはひとつの事柄をひとつの文で書き並べてください。それを下書きにして“読ませたい文章”を組み立てましょう。ライターにとって文章は大切な商品です。慌てずにしっかり時間をかけて、価値を高めてくださいね。

 

→ 第16回:しつこいほうが好き。