のらり 大好評連載中   
 

■ドレの『狂乱のオルランド』~物語の宝庫、あらゆる騎士物語の源


更新日2023/12/21 




ドレの『狂乱のオルランド』 


サラセンとキリスト教徒軍騎士たちが入り乱れ
絶世の美女、麗しのアンジェリーカを巡って繰り広げる
イタリアルネサンス文学を代表する大冒険ロマンを
ギュスターヴ・ドレの絵と共に楽しむ


谷口 江里也 文
ルドヴィコ・アリオスト 原作
ギュスターヴ・ドレ 絵


 

第 6 歌  不思議な冒険


第 1 話: 謎の騎士の正体

 

さて前回は、ギネヴィア姫の無実を晴らすべく現れた面付き兜で顔を隠した謎の騎士とイタリアの騎士の決死の決闘の場に駆けつけたリナルドによって、全ては邪悪な公爵ポリネッソの陰謀によりものだとわかり、めでたく大団円となったところまでをお話しいたしました。

ところで、どこからともなく現れた謎の騎士が果たしで誰なのか? 皆様のその疑問にお答えするところから第6歌を始めることにいたしましょう。


人間の愚かさは、何かにつけて物事を、自分に都合のいいように考えることであります。たとえば5歌に登場した邪悪な公爵ポリネッソのように、まだうら若き世間知らずのダリンダのうぶな心を、偽りの愛で手玉に取り、純真なイタリア騎士アリオダンテを、策を弄して絶望の淵に追いやり、果ては何の罪もないギネヴィア姫を死へと追い詰める悪行を立て続けに行いながら、それらがすべてシナリオ通りに進むとたかをくくり、すべての事情を知るダリンダさえ始末すれば、わが身は安全と、すべて自分に都合のいいように考える人間は何も彼ばかりではありません。

大概の悪者はそのように考え、非道の悪に手を染め、他人を巻き込んで不幸にし、ついにはその驕りが高じて墓穴を掘って我が身を滅ぼすものです。それが証拠にポリネッソも、リナルドの槍に胸を貫かれてこの世から姿を消したのでした。

6-1-01


そんな軽蔑すべき外道のことはさておき、皆さんがさぞかし気にしておられるであろうことは、ギネヴィア姫の疑いを晴らすために命を賭して決闘に挑んだ謎の騎士のこと。もちろん試合場にいた人たちもそう思いました。

間一髪のところでリナルドによって試合は中止され、悪事は暴かれたとはいえ、しかしイタリアの騎士ルカニオと互角に戦った謎の騎士の素顔を見たいと聴衆の誰もが思い、王やギネヴィア姫からも懇願されるに至って、ついに兜を取れた謎の騎士の正体は、なんとなんと、絶望のあまり、断崖絶壁から海に身を投げて死んだはずの純真な騎士アリオダンテ。愛するギネヴィア姫のために弟との決闘を決意した彼の心中を思えば、誰もが涙を流さずにはいられなかった。

実はアリオダンテは、いったんは荒海に飛び込んだのだったが、波に巻き込まれ半ば遠のく意識の中で、急に、もう一度ギネヴィア姫の姿を見たいとの思いがこみ上げてきたのだった。

無意識のうちにも水をかき分け、やがて浜辺にまで泳ぎ着いたアリオダンテは、そこで気を失った。運良く通りがかった一人の僧侶が彼を見つけ、僧院に連れ帰ったため、アリオダンテはかろうじて一命をとりとめたのだった。

その僧院でアリオダンテは、兄の死を伝え聞いた弟が兄の死の原因をつくったギネヴィア姫の不義を王に訴え、それに対する反証もなく、姫のために命をかけようという騎士も、一ヶ月の猶予期間が過ぎようとしてもなお現れておらず、このままではギネヴィア姫が溥儀の罪で命を落とすことになってしまう、ということを聞き及んだのだった。それを聞いたアリオダンテはいてもたってもいられずに、急いで王宮に向かったのだった。


6-1-02


その後の顛末は、前回お話しいたしました通り。疑いが晴れてみれば、兼ねてからアリオダンテを好ましく思っていた王は、その場で姫との結婚を許し、邪悪な公爵ポリネッソが所有していた広大な領地をアリオダンテに与えることにしたのだった。めでたしめでたし。

またリナルドの懇願によって恩赦を受けた侍女のダリンダも、邪悪な公爵にまんまと騙されて言いなりになってしまった自らの愚かさを悔いて尼寺に入ったのでした。


6-1-03


ところで、こうして騒ぎが収まってみれば、気になるのは、イポグリフォの背に乗って空高く舞い上がったまま、清廉な乙女騎士ブラダマンテを地上に残し、遥か彼方へと姿を消した凛々しき騎士ルッジェロのこと。

そのお話は、第6歌、第2話にて。

…つづく

 

 

 back第6歌 不思議な冒険  第2話:不思議な島

このコラムの感想を書く

 


谷口 江里也
(たにぐち・えりや)
著者にメールを送る

本や歌や建築、さらには自治体や企業のシンボリックプロジェクトなどの、広い意味での空間創造を仕事とする表現哲学詩人、ヴィジョンアーキテクト。
主な著作に『鏡の向こうのつづれ織り』『鳥たちの夜』『空間構想事始』『天才たちのスペイン』、主な建築作品に『東京銀座資生堂ビル』『ラゾーナ川崎プラザ』『レストランikra』などがある。
なお音楽作品として、シンガーソングライター音羽信の作品として、アルバム『わすれがたみ』『OTOWA SHIN 2』などがある。

アローAmazon 谷口江里也 著作リスト

アロー未知谷 刊行物の検索 谷口江里也
アローElia's Web Site [E.C.S]


■連載完了コラム

ジャック・カロを知っていますか?
~バロックの時代に銅版画のあらゆる可能性を展開したジャック・カロとその作品をめぐる随想
[全30回]*出版済み

明日の大人ちのためのお話[全12回]

鏡花水月 ~ 私の心をつくっていることなど (→改題『メモリア少年時代』[全9回+緊急特番3回] *出版済み

ギュスターヴ・ドレとの対話 ~谷口 江里也[全17回]*出版済み

『ひとつひとつの確かさ』~表現哲学詩人 谷口江里也の映像詩(→改題『いまここで  Here and Now』) [全48回] *出版済み

現代語訳『枕草子』 ~清少納言の『枕草子』を表現哲学詩人谷口江里也が現代語に翻訳 [全17回]

現代語訳『方丈記』~鴨長明の『方丈記』を表現哲学詩人谷口江里也が現代語訳に翻訳 [全18回]

現代語訳『風姿花伝』~世阿弥の『風姿花伝』を表現哲学詩人谷口江里也が現代語に翻訳 [全63回]


岩の記憶、風の夢~my United Stars of Atlantis [全57回]
*出版済み

もう一つの世界との対話~谷口江里也と海藤春樹のイメージトリップ [全24回]
*出版済み

鏡の向こうのつづれ織り~谷口江里也のとっておきのクリエイティヴ時空 [全24回]
*出版済み

随想『奥の細道』という試み ~谷口江里也が芭蕉を表現哲学詩人の心で読み解くクリエイティヴ・トリップ [全48回]
*出版済み

バックナンバー
第1歌  初めて歌われるオルランドの物語
 
第1話:アンジェリーカの逃亡
 第2話:騎士アルガリアの亡霊
 第3話:アンジェリーカとリナルド
第2歌  騎士たちの大冒険
 第1話:リナルドの大冒険
 
第2話:乙女騎士ブラダマンテ
 
第3話:天馬を操る騎士
第3歌 乙女騎士ブラダマンテの運命
 第1話:不思議な洞窟
 
第2話:魔法の知恵の書に記された運命
第4歌 魔法の指輪
 
第1話:天馬の騎士の正体
 
第2話:魔城の秘密
 
第3話:嵐に会ったルッジェロのその後
 第4話:ギネヴィア姫の危機
第5歌 邪悪な公爵
 第1話: 悲鳴の主
 第2話:陰謀の顛末

■更新予定日:隔週木曜日