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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から
第191回:ハングリースピリッツと就職難
更新日2010/12/30


今から30年以上も前になりますが、初めて日本に住み、大阪で英語を教えていたことがあります。大学ではなくて、専門学校というのかしら、ブリタニカの語学学校でした。 その時の生徒さんの半数くらいはサラリーマンでした。

私が驚いたのは、彼らのほとんどが両親と一緒に住んでいることでした。アメリカでは仕事に就いたら、たとえ親と同じ町に住んでいても独立し、自分でアパートや家を借りて暮らすのが当然と思っていましたから、30歳近くにもなって、親とまだ一緒に暮らしているのは異様なことに見えたのです。そんな歳になってもまだ親とくっ付いているのは余程の知恵遅れか、障害者しかいないと思い込んでいたのです。

便利だから、安上がりだからというのは全く理由になりません。何をおいても独立するのが先決だ……と信じていたのです。独立心のない人間は一人前でないと思っていたのです。 

ところが、今、アメリカも日本化してきたのでしょうか、親にいつまでもくっ付いている、精神的乳離れのできない子(といっても25-26歳以上になってもですよ)が増えてきたのです。親の方も少ない子供に、一人か二人しか持たない夫婦が多いのですが、いつまでも子に甘く、可愛い子には旅をさせろという、子供を社会人として独立させようという気持ちより、いつまでも手許に置いておきたいという親のエゴを優先させているとしか思えないケースが目立つようになってきました。

家に帰れば暖かい寝床とおいしい食べ物が十分にあるのなら、誰が外に出て辛い仕事をするものですか。現代の若者に(と書いたとたん、なんだか私がエラク歳を取ったような気がします)ハングリースピリッツが育つ要因がないのです。現在、アメリカの失業率は9.6%もあり、大学の新卒でもなかなか自分の専門分野の仕事に就くことができない事情は分かります。ですけど、世の中に理想的な仕事なぞあり得ないことをまず知るべきです。

一見理想的に見える仕事も、一旦その中に入ると、大変なストレス、苦労はつきものです。えり好みをせずにどんな仕事にでも喜んで飛びつくメキシコ人や中南米の人たち、アジアの人たちに、満腹したアメリカ人が仕事を奪われるのは当然のことです。

日本でも不景気のせいで、来春の新卒大学生の57.6%しか就職が決まっていないと新聞に出ていました。付け加えて、新卒者の傾向として、時間通りに帰れる仕事に就きたい、転勤がなく、海外駐在もしたくない、とりわけ発展途上国には行きたくないというのです。そんな人をどこの会社が雇うものですか。

BCG(ボストン・コンサルティング・グループ)という人材リクルート会社が、日本企業を対象に中国で大掛かりな求人作戦を展開しました。北京と上海で39のエリート大学から1万人もの日本企業就職希望者が応募し、書類選考を経て、そのうち千人が面接を受けたそうです。その時の日本企業の幹部の人は、「まさに、金脈を掘り当てた感じだ」と言っています。応募者の能力の高さ、競争心の旺盛さに驚きを隠そうとしません。彼らには、ハングリースピリッツがあるのです。

今回参加した日本企業は、長年の"現地採用"という名の差別的雇用を止め、日本の本社採用と同じ扱いにし、日本語ができるかどうかは問わず(英語圏に留学しことがないくても、英語は皆がみなとても上手だそうですが)、もっぱら潜在能力の高さを採用基準にしたと言います。 

国際企業として、中国だけでなく全世界で発展していくためには不可欠な採用基準です。 すでに欧米の会社は早くから、全世界から優秀な人材を集めていたのですが、やっと遅ればせながら、日本企業も純粋培養の国粋主義的人事から一歩踏み出したのでしょう。

日本の新卒大学生に失望している企業が中国だけでなく、インド、マレーシア、タイ、フィリピンに人材を求めても不思議ではありません。当然、日本の若者にとって、海外の優秀な人材は脅威になってくることでしょう。 

お相撲でも明らかなように、ハングリースピリッツのない者、恵まれすぎた者は、常に敗れる宿命にあるのです。


なんだか今回は、日本の、アメリカの若者よ、しっかりして! とグチっぽい説教調になってしまいました。これも歳のなせる業かしら。

 

 

第192回:携帯電話の文化とその弊害

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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