第30回:Peking (1)更新日2006/10/12
北京行きは急遽決めたということや日程のこともあって、1等寝台車のチケットしか手に入れることができなかった。しかしさすがは1等寝台車であった。このあいだ乗った蘇州行きの痰を吐き競うローカル列車とは違い、真っ白いシーツが敷いてあるベッドに、これまた白いテーブルクロスの小さなテーブルの上に真っ赤なバラが活けてあるという具合だ。ここまで安宿暮らしが続いてきただけに、この真っ白なシーツが輝いて見えた。
部屋の外を行き来する乗客たちも、スーツに身を包んだビジネスマンや、可愛い服を着せた子供を連れている上品そうな家族など、明らかに他の車両とは客層が違うのがよくわかる。中国という国は共産国家であるにも関わらず、この辺りの貧富の差や、人間的な上下関係においては日本よりも遥かに住み分けがはっきりしている。
列車の中では、香港から上海への中と同じように弁当売りや、こまごました雑貨売りが来ると思っていたら、こういう1等車へは一切来ないものらしい。自分としては綺麗なシーツとゆったりとしたベッドはうれしいのだが、何だかいまいち物足りない。
地元民と一緒に3段ベッドに窮屈ながらも横になり、「これ食べてみるかい」、なんて隣のおばちゃんがフルーツやひまわりの種をくれる、そんな旅の方がよほど楽しい気がする。おまけにあのガタゴトと揺れるはずの列車が、クッションの良いベッドのせいか、なんだかフワンフワンと揺れるので、寝つきすらもずっと悪いものになってしまった。どうやら自分は、相当に貧乏が合う体質になっているらしい。
朝早く北京駅に到着した。上海駅の雑踏からすると、北京駅の人ごみというのは大したことはなかった。もちろん自分が少し中国に慣れてきたということもあるのかも知れないが、それにしても駅前の雰囲気は上海に比べてずっと静かなものだった。この辺りは、その街がそれぞれ持つ顔みたいなものかもしれない。
とりあえず改札口を出てすぐのところにある窓口で、この後に向かうことになる桂林行きの切符を買っておくことにした。ただ切符を買うというだけなのに、中国ではこれだけ苦労しなくちゃいけないんだということを、ここで改めて思い知らされた。
仮にもここは国連の常任理事国にも名を連ねる中国の首都であり、その玄関口のひとつである北京駅なのである。しかしながらこの窓口の女性は英語を一切理解しないどころか、なぜにお前は中国語すら話せないのだという高圧的な対応をみせてくる。しかもこちらがいくら英語で話しかけても、中国語で返してくるばかりだ。
しょうがないので筆談でいこうと決め、ペンと紙を取り出して、漢字で書いて見せようとすると、「メイヨー!」ときた。「なにがメイヨーだ、切符があるのはわかっているんだぞ。この野郎!」と内心思いながらも、さらにそのメイヨーを無視して紙に桂林行きの切符が欲しいとの旨を漢字で書き連ねていると、後続の中国人に無理やり割り込まれてしまった。
なんだかムカつくのと、誰も彼もが強引なのに嫌気がさして、この割り込んだ男に思わず殴りかかりそうな気持ちが起こってきた。しかしこれしきのことで一々喧嘩していたのでは、中国ではやっていけない。窓口の女性と、割り込んだ男に日本語で一喝した後で窓口を離れ、構内で待つエリカと選手交代するために駅へ戻った。
彼女も押しの強い中国人と、メイヨーには嫌気がさしているので、切符購入のために窓口へ向かうのは乗り気ではなかったが、自分には考えがあった。そして案の定その考え通りに約5分後には、何事もなかったようにエリカは桂林行きの切符を2枚持って帰ってきた。もちろん、考えとはいっても、それほど手の込んだことを考えていたわけではない。ただ白人である彼女が、窓口に立てばよいというだけの話しなのだ。
中国に限らず、アジアでの白人客と日本人客への対応の違いほどはっきりしているものは、この世の中にないだろう。もうあきれるくらいに、それははっきりしているのである。もちろんそうさせてしまう日本人の方にも問題があるのかも知れないが、とにかく日本人でありながら、同じ値段とサービスを白人同様に受けようとすると、彼らの10倍は交渉の苦労が必要になる。
-…つづく
第31回:Peking
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