日没後、たちまち辺りが暗くなっていく。家路へ向かう人々の流れに逆らい、泉北高速鉄道の上り電車に乗った。私にとってはこの方向が家路だが、まだ帰らない。徘徊の旅はまだ続く。今日の最後の目的地は関西空港である。飛行機で帰るわけではないけれど。
街へ向かう電車の乗客は少ない。ニュータウンの路線らしい光景だが、それでも駅を経るごとに、ぽつり、ぽつりと若い人が乗ってくる。待ち合わせの確認なのか、誰もが携帯電話の画面に見入っていた。私も携帯電話を開いて、友人たちが集う掲示板を覗いた。ひとり旅には孤独感と心細さがつきまとい、その反発から周囲への好奇心が生まれ、そこに発見がある。しかし携帯電話は孤独を癒す。暇つぶしで眺めるつもりが、つい夢中でボタンを押している。
準急の難波行きは中百舌鳥で南海高野線に乗り入れる。岸里玉出を通過した時点で南海電鉄の全路線を踏破した。1泊2日とはいえ、長かった旅がもうすぐ終わる。そんな充実感からか、このまま難波へ行き、地下鉄で新大阪へ出て新幹線に乗ろうかとも考えた。しかし天下茶屋駅に着くと自然に身体が動き、南海本線の下りホームに立った。荷物も足も重く感じるけれど、空港の夜景を見たい。
南海ラピート。独特なデザインの車両だ。
駅のアナウンスに耳を傾けると、関空行きの特急ラピートが来るらしい。空港急行で行くつもりだったけれど、帰宅ラッシュの電車に乗り込むのも気が引ける。ラピートは数年前に乗ったし、独特の前面デザインは威圧的に感じて気に入らない。それでも快適な座席の魅力に引き寄せられた。しかも今回はちょっと贅沢をしてスーパーシートのチケットを買う。贅沢といっても特急料金は500円、スーパーシート料金は200円加算されるだけだ。
暖色系の車内は私の他に二人しかいなかった。普通車も空いていた。関空へのアクセス列車として、あるいは南海電鉄の看板列車として有名なラピートだが、知名度の大きさに乗客数がついてきていない。たまたま空いている列車に乗り合わせただけかもしれないが、前回に乗ったときも空席ばかりだった。特別料金不要の空港急行とラピートの所要時間差はたった8分。しかも空港急行は20分間隔で運行しており、ラピートは30分間隔だ。関西人は経済感覚に敏感だという印象があるから、8分の差に対して500円を惜しむ気持ちも理解できる。高野山行きの特急料金も500円で、そちらは人気のようだ。空港には高野山ほどの有り難みはないということか。
ラピートの使いにくさも関係しているかもしれない。関西空港へのアクセスは南海のラピートと空港急行、JRの関空特急はるかと関空快速、そして関西各地からの空港連絡バスがある。南海のターミナルは難波だけ。大阪の中心だし、地下鉄とも連絡しているけれど、集客範囲としては狭すぎる。これに対してJRの関空特急はるかは京都、米原に到達する。新大阪で新幹線からの乗り継ぎ客も拾う。はるかは大阪には停まらないけれど、それは関空快速の受け持ちで、大阪環状線の主要駅を巡っている。バスに至っては中小都市から直行便がある。それは南海も承知の上で、登場時はノンストップ列車が主体だったけれど、現在は停車駅を増やしている。
差額200円のスーパーシート。
スーパーシートは快適だ。深く腰掛けてリラックスしたとき、バッグにめはりずしが残っていることを思い出した。今日は電車に乗りっぱなし、あるいは歩きづめで食べる時間がなかった。周りにお客がいないのも好都合。いそいそと包みを開けて、高菜にくるまれた飯を頬張る。味は悪くないけれど、私が望んだものではなかった。かつて私が感動した新宮駅のめはりずしは、すし飯に香ばしい胡麻を混ぜたものだった。高菜のしゃっきりとした歯応えに、胡麻の香ばしさが続き、すし飯のつんとした刺激と甘みが合わさって、感動的な逸品だった。ところがこれは、かやくご飯を葉っぱで包んだだけのものだった。時間が経っているせいで高菜の香りも飛んでしまったようで、最後のお楽しみにしては非力すぎた。
和歌山のめはりずし。
スーパーシートの乗客は私の他にキャリアウーマン風の中年女性とジャンパー姿の中年男性だけだ。この二人は泉佐野で降りた。海外旅行に行くような大きな荷物は持っていなかった。現在のラピートは通勤ライナーとしての役目も持っているようだ。通勤ライナーの料金として700円は高額な方だ。リッチな人たちだといえる。
高架線をするすると上り、世界最長のトラス橋を渡って人工島の関西国際空港に到着する。関空はターミナル敷地内に見学場所がなく、そのかわりに敷地内に展望ホールという建物があり、シャトルバスで連絡している。飛行機に乗るついでに……という気持ちにはなりにくい。しかし、飛行機を眺めるには絶好の場所として知られているそうだ。この時期、ちょうどホールで航空機の模型やイラストを展示するイベントも開催されていた。イベント自体は地味だったものの、滑走路と駐機スポットを一望できる眺めは良かった。
飛行機を眺めれば飛行機にも乗りたい。ここから羽田行きに乗れば1時間半で帰宅できる。しかし鉄道の切符を持っているから駅に戻った。周遊きっぷは使用後の払い戻しはできないのでお金がもったいない。もったいないと言えば、周遊きっぷではJRの特急の自由席にも乗れるのに、その権利を行使していない。関西空港に来た理由のひとつは、JRの関空特急はるかに乗るためだった。JR関西空港線も未乗路線のひとつである。
関空の展望ホールから。
関西空港へは南海が泉佐野から、JRが阪和線の日根野駅から分岐している。どちらも関空の開業に合わせて新設された路線で、両者は関空の手前のりんくうタウンで合流する。ここから関空までは、南海とJRが関西国際空港の線路に相互乗り入れする、という扱いになっている。空港輸送を担うライバルが呉越同舟するカタチで、成田空港のJRと京成の関係に似ている。ただし、成田の場合は両者の線路の幅が違うため、線路は完全に分離している。関空は共用で、南海とJRが同じ線路を走る。
はるかの自由席は8割ほど埋まっていた。窓際に座れたけれど、もうすっかり日が落ちて、景色はほとんど見えない。りんくうタウンで南海の線路と別れる場面や、日根野で阪和線に合流する様子は確認できなかった。沿線は建物の明かりも暗く、私の目はレールと街灯の輝きを追っている。なんて暗い景色だろうと思うと、急に明るくなって駅を通過した。通過速度はかなり速い。
関空特急はるか。
南海ラピートの停車駅を増やした集客作戦に対して、こちらはスピード勝負だ。分岐点の日根野さえ通過して、関空と天王寺がノンストップで29分。ほとんどの駅で各駅停車が退避していた。スピードといい、先行列車の追い越しといい、近年まれに見る特急らしい列車だ。車体デザインは地味だけれど、私はこの走りに満足した。
鉄道ファンとしては、はるかのルートも興味深い。阪和線から東海道線に直通して新大阪と京都を結ぶために、大阪駅を経由せず、梅田貨物線を経由する。それははるかを始め一部の列車しか使わない裏ルートとして知られている。そこだけはしっかり見届けたい。
西九条を出ると、はるかはスピードを落とし、ゴトゴトとポイントを渡って高架線から外れた。コンクリートばかりの、都会らしくない地味な空間を進み、広い道を踏切で渡る。灰色の景色を眺めると、特別な使命を帯びたヒーローが、賑やかな街から身を潜める時の気分とはこんな感じなのだろう、と思った。
第78~93回 の行程図
(GIFファイル)
2004年11月20-21日の新規乗車線区
JR:63.9Km 私鉄:163.4Km
累計乗車線区
JR(JNR):15,864.9Km (69.67%)
私鉄:3,344.5Km(51.19%)
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