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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第395回:クルーズシップは大人のディズニーランド?

更新日2015/01/08



元ヨッティー(長期のヨット生活者)として、クルーズシップに乗る人の気が知れないと、多少のスノッブもあり、皆に言い触らしていました。

カリブや地中海で出会ったバカでかい客船、クルーズシップから降りてくる何千人という乗客が、それぞれの船の名前の入ったショルダーバッグ、バックパックを肩から下げ、首には上下船に必要なバーコードと写真の付いた身分証明書の入ったプラスティックプレイトをぶら下げ、ずらりと並んだバスに乗り込むさまを見たり、15、16階建てのリゾートホテルそのもののような船のデッキに鈴なりになって、私たちの小さなヨットを見下げ、盛んに手を振る(振ってくれるだけいいか)乗客を散々目にしてきたので、彼らの仲間にはなりたくない…、あんなものに誰が乗るものか…、という意識が強く残っていたのです。

第一、旅の良さは自由に動く、移動することにあるはずです。ヨットでのクルージングはその意味では最高の旅行手段でした。

ところが、です。人間歳を取れば変わりもします。約1年に及ぶ日本滞在中に、なんと柄にもなく北海道一周のクルーズシップに乗ってしまったのです。言い出しっぺはうちの旦那さんのお姉さんでした。散々温泉周りもしたし、次に家族でゆっくりできるのはクルーズシップで…ということになったのです。

7泊の船旅、まったく長く感じませんでした。ただ海を見ているだけで十分価値があったと思いますが、その上、至れり尽くせりとはこのことでしょうか、存分に食べさせ、遊ばせてくれるのです。クルーズシップに"ハマル"のが分かるような気がします。クルーズシップは大人のディズニーランドですね。 

元、塩ッ気の多いヨッティーだったはずの、うちの仙人でさえ、随分楽しんだようで、「オイ、この次どこか良いとこないかなー」とか言いだす始末です。

クルーズシップは一度乗ってしまうと、その後がとても楽チンなのです。

私がクルーズシップを敬遠していた理由が、もう一つあります。乗組員も含めると3,000人にもなる人間の排泄物の処理の問題です。そんなに大量の大便、尿を船内に溜め込んでおくことができませんから、公海上、陸から12マイル離れたところで垂れ流すことになります。

立ち寄る港にそんな超大型の糞尿処理の設備があることは珍しく、多くの場合、クルーズシップに艀(ハシケ)タンカーが横付けされ、そこへ汚物は移されます。ところが、その汚物を満載した艀は領海外まで行って海に捨てているのです。

他にも大量の台所から出るゴミ、食べ残しなどの残飯も海に捨てられます。夜、満艦イルミネーションで飾られたクルーズシップと、私たちが乗っていたちっぽけなヨットとすれ違うことがありました。そんな時、かもめの大群がクルーズシップの後ろを狂ったように飛び交っていたりします。これはクルーズシップが残飯、ゴミを海に捨てているからだったのです。

海は自浄作用を持っていますが、とてもとても世界中を行きかう何百隻のクルーズシップの糞尿、ゴミを吸収、処理できるものではありません。

狭いジブラルタル海峡しか外海とつながっていない地中海は、クルーズシップだけではありませんが、航行する船に厳しい規制を布いています。一度汚してしまった海を元に戻すのはミッション・インポシブルなのをよく知っているからです。海を汚すのは、オイルタンカーだけの問題ではなくなっています。

どこの町、港でも、超大型ですと、一挙に5,000人もの観光客をドッと運んできてくれるクルーズシップは大歓迎で、桟橋を増築したり、町や市が無料のバスを町の中心まで出したり、着岸、離岸するときは華やかなページェントを行ったりで、躍起になってクルーズシップに来てもらおうとしています。

ところが、イタリアで座礁横転したコスタ・コンコルディア号の事件が尾を引き、クルーズシップの寄港地人気ナンバーワンのベニスが、クルーズシップ規制に乗り出しました。ベニスをクルーズシップで訪れる人は、年間200万人にもなります。地元の商売、観光業者、クルーズシップに関連した様々な仕事をしている人たちの反対を押し切って、まず寄港できる船の大きさを制限しました。9万6,000トン以上の船はベニスに寄港できず、総数も4万トン未満の船でも、来年は20パーセント減らす…という、徐々に規制していく、実にユルヤカナ段階的方針ですが、それでも地元では非常に大きな議論を呼んでいます。

規制賛成派はなんとホテル業界で、車を規制し、水上タクシーでホテルに乗りつけ中世の雰囲気を味わってもらおうと、それが魅力でベニスに観光客が来てくれるのに、デンと超大型のクルーズシップに大運河に(はずれですが)に横付けされては、町の様相がガラリと変わってしまい、記念写真どころではなくなる、クルーズシップはベニスの町におよそ似合わない…というのです。もちろん、クルーズシップの乗客は、ベニス市内のホテルに泊まりませんから、ホテル業界にとっては何の御利益もないという事情も大いにあるでしょう。

加えて、そのような超大型船は喫水も深く、スクリュウが海底の泥を巻き上げ、生態系を壊しているし、中世の雰囲気を保つために、町が規制している派手な看板、ネオンサインなど、全く無視して、クルーズシップはこれでもかといった調子のド派手なイルミネーションで全艦を照らし出します。

イタリア人の美意識と商売のバランス感覚が生んだベニスのクルーズシップ寄港規制、どこまで他の港町に影響を及ぼしていくのか、とても興味ある光景です。

 

 

第396回:ヴェテラン=退役軍人の役得

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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