第396回:ヴェテラン=退役軍人の役得
日本語で"ベテラン"と言えば、長い間ある種の技術や仕事で経験を積み、一つの物事に秀でた人のことを意味するようですが、アメリカではヴェテランと言えば、100%"退役軍人"のことに限られてしまいます。ですから、あの人は"配管工事のヴェテラン"だとはまず言いません。もし"ヴェテラン配管工事人"という言い方をすれば、退役軍人で配管工事をする人の意味になるでしょう。
私の友人に95歳になる老人がいます。歳は取ってもカクシャクたるもので、車は運転するは、腕立て伏せも50回こなし、毎朝自転車を6キロ乗り(冬には室内の動かない自転車)、耳も恐ろしいほどよく聞こえ、食欲もあり、本や雑誌にも目を通し、小さなノートブックに気に入った言い回しや冗談をメモし、大学の先生の部屋や図書館、ウォルマート、マクドナルドの知人のところを回り、新しく仕入れた話やジョーク、政治問題の意見などを披露しています。そのローテーションに私の事務所も入っているので、週に3回は彼の訪問を受けます。
ところがこの95歳になるお爺さん、この5、6年でしょうか、第二次世界大戦のヴェテラン用の野球帽にメダルをたくさん付けて歩き回るようになったのです。そうすると、見知らぬ人から、「私たちを守ってくれてありがとう」とか、「アメリカの民主主義のために戦ってくれてありがとう」とか、感謝の声を掛けられることがシバシバあるし、何よりレストランやお店でもヴェテラン特別割引を受けるチャンスが多いと言うのです。終いには、バッチを付けるスペースが足りなくなったのか、チョッキを着込み、それにワッペン、メダル、バッチをたくさん付けて徘徊し始めました。
アメリカのヴェテラン(退役軍人)には、役得がたくさんあります。まず年金です。これは普通に工場などで働き、個人で年金会社に積み立てた末、やっと手に入れる年金の倍以上の金額を享受できます。また、病気になっても、特別なヴェテラン病院というのが各地にあり、ほとんどただ同然で治療を受けることができます。アメリカで唯一、社会保障が隅々まで行き届いているのがヴェテランに対してだけなのです。
また、年末になると、あちらこちらのレストランや公民館で、ヴェテランは無料の会食にあり付くことができます。以前、ボランティアとして、ホームレスのシェルターでお手伝いした時のこと、2段ベッドが並んだ体育館のような建物の中に、ヴェテラン専用コ―ナーがあり、簡単な仕切りをし、そこから向こうはヴェテランの領域で、ベッドも2段ではなく、普通のベッド、中央には大型のテレビ、そして、ソファーやリクライナーなどがあることに軽いショックを覚えたことがあります。同じホームレス同士、そこまで差別しなくても…と思うのですが……。
ヴェテランの数も天文学的に増え、さすがに第一次大戦の生き残りは希少価値が出てきているでしょうけど、第二次世界大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争、イラク戦争、アフガニスタン戦争と、アメリカはひっきりなしに戦争を続けてきましたから、ヴェテランの数は膨大なものになってきています。
昔、プエルトリコに住んでいた時、いい年の人たち、まだ頑健な壮齢の男が大勢、何の仕事もせずに暮らしているのに驚かされました。皆退役軍人で、年金を貰っているのです。その数の多さは唖然とするくらいでした。戦争に借り出されるのは、スパニッシュと呼ばれるプエルトリコ人や中南米からの移民、黒人が多いですから、当然、軍人年金を貰う人の割合も高くなるのです。
うちのダンナさんは、時々お店やレストランで、「俺もヴェテランだ。ただし、アメリカと戦った、敵側のヴェテランだけど割り引きはないの?」と悪い冗談を飛ばしています。そのうち、腕っ節の強いアメリカの本当のベテランに殴り飛ばされるかもしれません。
ヴェテランが市民や国から見返りを期待し、媚びるようにヴェテランの装束に身を固めているのを観るのはとても悲しいことです。そこには、自分が蹂躙してきた相手国の市民のことなど、きれいさっぱり忘れ去り、自分が政治的に利用されただけの操り人形だったことへの反省が全くないからです。お国のためというなら、国に残った女性たち、母親、子供も同様に苦労してきたはずです。
あなた方、自分が本当に国を守るために戦ったと信じているなら、それだけを心の中の勲章として、政府や市民からの見返りを期待しないで生きなさい、甘えるな、と言いたくもなります。
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