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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第529回:隣人たち、マーヴィンとベヴ

更新日2017/09/14



私たちの家(というより小屋ですが)は、郡道からおよそ260ヤード(220~230メートル)ほど、森の中の私道を登ったところにあります。その郡道から私道に入ったすぐのところにベヴとマーヴィンの家があります。入り口のゲイトを共有しているのです。ゲイトには太い丸太を両側に立て、大きな牧場の入り口に良くあるように『ロンサムパイン』と切り抜き文字を付けた分厚い板が、いかにも大きな領地か牧場の入り口のようにぶら下がっています。立派なのはこの門だけで、彼らの家も私たちの小屋もアメリカで典型的な貧乏家屋とみなされているダブルワイドというプレハブなのですが…。

私たちがこの高原台地に目を付け、家と土地を探していた時、誰の土地か分からないまま目暗滅法踏み入り、歩き回っていました。今住んでいる土地も、そのように歩き回っていて迷い込み、見つけたのですが、そこから下に降りたところにベヴとマーヴィンの家があり、今思えばよくドアベルを押して、“この近くの土地と小屋は売りに出ていないか、他にも近所に売地はないか?”と訊く勇気があったものだと思います。彼等は親切にも私たちの電話番号を控え、もし何か売り物が出たら連絡する…と言ってくれたのですが、もちろん単なるリップサービスで、私たちは彼らが本気で実際連絡を取ってくれるとは想像もしていませんでした。

それから1年以上経ち、ベヴから電話があった時、どこの誰なのか、全く覚えていないほどでした。ベヴとマーヴィンの家の奥の家が売りに出ていると連絡してくれたのです。彼らのおかげで今住んでいる小屋と土地を買うことができたのです。

この高原は開発から自然を守るため35エーカー(約84万平米でしょうか)に一軒の家しか建てることができず、大きな牧場ですと何千エーカーに一軒の住宅しかありません。ですから、なかなか物件(などと書くと不動産屋さんみたいですね)がないのです。

引っ越した時も、その後も、ベヴとマーヴィンは私たちを身内のように扱い、親切にしてくれました。この山での生活のイロハから教えてくれたのです。マーヴィンはウチのダンナさんと同じ年ですが、筋肉萎縮症の難病に罹り、どうにかやっと歩けるほどでした。それでも雪の朝には除雪車を運転し、私たちの家までの長い私道の雪かきをしてくれるのです。

元々、ウチの仙人たるダンナさん、自分のことをあまり話しませんし、ましてや人に何かしてあげたというようなことは、全く口にしないのですが、腰が軽く、器用な人ですから、ベヴとマーヴィンの家や物置の修理など、体が自由に動かないマーヴィンに代わってやってあげていたのでしょう。ウチのダンナさんとマーヴィンの友情は傍から見るととても不思議な関係でした。

ガチガチの保守的な旧軍人で、その上、超保守的なキリスト教の宗派に属し、ガンラック(銃火器棚)にライフルやピストルを幾つも並べているような人ですし、ダンナさんの方はといえばアナーキーに近い社会主義者、無神論者、こんな森に住んでいながら銃を持つことを憤然と拒否しているタイプですから、二人の組み合わせは奇妙な光景です。

マーヴィンとベヴがウチのダンナさんのことをとても気に入っていて、ほとんど大好きなのは傍で見ていてもはっきりと分かるほどです。

マーヴィンの義理の父親が亡くなった時、本人とは数度顔を合わせた程度の知り合いでしたが、お葬式に列席したことがあります。私たちを見つけたベヴとマーヴィンはお葬式に似つかわしくない笑みを浮かべ、よく来てくれた、こちらの席に着くようにと案内されたのが、最前列の家族用の場所だったのです。「オレ、一番後ろの陰の席でいいよ…」とかゴモゴモ言っているダンナさんの手を引くようにベヴは最前列に私たちを着かせたのです。

その後の会食の時も、牧師さんと同じテーブルに着かされ、ダンナさん、その超保守派の牧師さんと楽しげに話し込んでいるのです。奇妙に聖書やその時代の考古学の知識があるダンナさん、誰とでも会話を成り立たせることができるタイプなのですが、後で何の話をしていたのか、宗教論争でもしていたのか、イッタイ共通の話題などあったのか尋ねたところ、「イヤ~、屋根の葺き替えの話をしていただけだよ」と言うのです。お葬式に来て、その牧師さんと屋根の葺き替え話をする人、他にあまりいないでしょうね。

べヴとマーヴィンの孫娘が相次いで結婚した時も、招待状が届きました。彼女たちは婚約時代に、ボーイフレンドを紹介するため、わざわざ私たちの家まで登ってきてくれたことです。

ベヴとマーヴィンにとって、家族と教会関係以外の付き合い、友達は、私たちだけなのかもしれません。ましてや、肌の色の異なる人種と知り合いになり、そんな人間と友達になるとは夢にも思っていなかったことでしょう。私の方が彼らのように宗教に凝り固まった保守的な人たちの前では腰が引けてしまいます。

ダンナさん、「オメー、彼らだって、スガモリは嫌な困ったことだし、どうやってスガモリをなくすか、屋根を葺き替えるかは大切な問題だ…」と言っていますが…。

 

  

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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