第630回:グレード・パークのコミュニティー活動
私たちがコロラド国定公園(Colorado National Monument)を越えた高原台地に住んでいることは何度か書きました。ここは公園ではありませんが、グレード・パーク(Glade Park)と昔から呼ばれ、ユタ州との州境まで広がる広大な台地です。35エーカー(東京ドーム約3個分です)に一軒の家しか建てることができないと、自然保護、郊外へ別荘団地が進出してくるのを抑える郡の決まりがあり、そのおかげで私たちの家の窓からお隣さんの家の屋根などを見なくて済みます。私たちの土地も最低限の35エーカーあります。
内情を知らない人が聞くと、「ワーッ、すごく広い土地を持っているんだ。大地主じゃないですか…」と思うでしょけど、それが最小限度の広さなのです。お向かいのサムとダイアンは80エーカー、その隣のメルお爺さんは1,680エーカー、J&S牧場やキングス・ランチなどは5,000エーカーから8,000エーカーの広さがあります。
グレード・パークには約200軒ほどの家があります。夏の間避暑にだけ使う小屋、狩猟シーズンにだけ住み込むキャンプのようなロッジもありますから、常住組の総人口は500人から700人程度でしょうか。こんな広々としたところに、ポツンポツンと森の中に隠れるようにして家があるだけですから、皆知り合い…でなくても皆顔見知りくらいの関係になります。
とりわけウチのダンナさんのような東洋人は他にいませんし、ひどくいい加減な格好で自転車に乗り、20キロちょっとある簡易郵便局まで運動がてら郵便物を取りに行き(ここは郵便配達がないのです)、そこで鉢合わせる住人と挨拶、立ち話くらいするのでしょう、まずグレード・パークの住人は全員、彼のことを知っているようなのです。
彼と散歩をしていて驚くのは、たまに行き交うピックアップトラック、牧草を積み上げたトラクターを運転している人が太い腕を窓から出し、手を振って挨拶することです。中にはクラクションをブッ、ブッと鳴らし挨拶する人までいます。なんだか私は有名人を夫に持ってしまった奥さんになった気分にさせられます。
グレード・パークの野外映画のことは“ヘイ・ライド”ところで書きましたが(第622回:高原大地のフライデー・ナイト・フィーバー)、他にもたくさんコミュニティー活動があります。主に会場になるのは、戦前に閉鎖された丸太小屋の小学校です。そこで日曜日にサンデー・ブランチがあります。朝食と昼食を兼ねたバイキングスタイルの食事です。
これは、豪華ホテルのブランチが顔色をなくすほどのボリューム、バラエティーでしかもすべて自家製、自然食品などと断り書きを付けるのがバカバカしほど、オラが畑から採ってきたもの、絞りたての牛乳、その朝収穫してきたアスパラ、キュウリ、トマト、そして卵、ベーコンやソ―セージ、スモークドハムなどすべて自家製です。そして、焼き上がったばかりのパイ類と、恐らく、町で買うのはコーヒーと砂糖くらいのものじゃないかしら。
お気づきのこととは思いますが、こんなバイキングに立ち向かい思い切り胃袋に詰め込むには、高血圧、コレステロール、糖尿病などの問題を抱えていないか、それを無視する勇気のあることが条件になります。また、体重を気にしている人は参加する資格はありません。
このブランチで話題になるのは、どこそこのファームで子豚が何頭産まれたとか、放牧している牛が仔を生み、100頭増えたとか、ランドアバウト(放牧中の牛を山や森から集めて、牧場に追い立ててくる)はいつごろが良いとか、牧草の作柄とかです。私は出産の話だから、当然孫のことだと思い、名前はなんて付けたのと訊ねたところ、日焼けした牧童は、怪訝な目を私に向け、「子牛に名前なんぞつけるか!」と言われてしまいました。
夕食会もこの丸太小屋の元小学校で開かれます。こちらも盛大なもので、パスタとローストビーフ、ローストポーク、フライドチキン、チリ、ジャガイモが主になります。ダンナさんが作った海苔巻きを、「これは、食前に食べるものか、食後のものか?」と訊かれギャフンとなっていました。ともかく、牧場の人たちの胃袋のツクリはハナから違うのです。
町からカントリーライフに憧れて移住してきた人もたくさんいます。彼らも、グレード・パークの文化を高めよう、外からの空気を取り入れようとして、“カウボーイ、詩の朗読会”“野鳥の会、グレード・パークに棲む小鳥”の公演スライドショー、ヨガ教室、これは“ヤギヨガ”と名付け、十数頭のヤギがいる柵の中で、牧草に腰を降ろし、または寝ころがってヨガをやるというもので、なかなか人気があります。
図書館こそありませんが、“本の小屋”があり、読み終わった本をそこに置いていく、借りる人は同じ数の本と交換する…という方式ですが、本の数はドンドン増えています。
アメリカのガレジセール、ヤードセールは優れたリサイクルのやり方ですが、グレード・パークでは一軒一軒ではなく、屋外映画をやる広場に皆が持ち寄り一斉に行います。ピックアップトラックを持っていない家はまずありませんから、大きなもの、家具や骨董的な農機具まで並び、この一斉ガラクタセールは大変な人気を呼び、谷間の町からたくさんの人が訪れるようになっています。
さて、これからの季節の行事はハロウィンの“カボチャの彫刻コンテスト”、そしてサンクスギビング・パーティー、そしてクリスマス・パーティーと続きます。こんな情報は月1回発行されるコミュニティー新聞(Glade Park Community News)に公示されます。ボランティアの役員が会長の下、行事係、新聞係、広告集め係、のように仕事を分担して共同体を維持しています。
来週から狩猟解禁になります。そうなると、老いも若きもエルクや鹿、熊、七面鳥を追いかけ、コミュニティー活動どころではなくなります。私たちの山歩き、ハイキングも流れ弾が恐いので、自重しなければなりません。雪が深くなり、ハンターたちが山奥に入れなくなると、今度は釣り自慢のように、獲物自慢、獣の肉の品評会が始まります。
こうしてグレード・パークの年が老けていきます。
-…つづく
第631回:“煙が目に沁みる”
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