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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第631回:“煙が目に沁みる”

更新日2019/10/24




「煙が目に沁みる」と聞いて、往年の名曲を思い浮かべる人は、相当、そうですね80歳以上の御老体に限られるでしょうか。最近、ウチの御老体ダンナの影響で、戦前の白黒映画を続けて何本も観ました。

その時代、男性は(時にモダンな女性も)皆が皆、タバコを呆れるくらいよく吸っています。あんなに俳優さんたちがブカブカふかし、煙がこもったら、撮影困難になるのではないかと心配したくなるほどです。

私が初めて日本に住んだかれこれ50年近く前(戦後ですよ…)、日本で禁煙の場所はガソリンの精製所以外にないのではないかと思うほど、どこでも、あたり構わずタバコを吸っていたものです。それはまるで一億総スモーカーというほどの光景でした。

ダンナさんの友達と集まる時、当然ウチのダンナさん全員タバコ万歳党ですから、煙が目にしみるだけならかわいいもので、服だけでなく身体にまでタバコの煙が染み込んでしまうような気がしたものです。

狭い空間、スナックやバー、レストランは私にとって地獄でした。当時は飛行機の中でさえ全く規制がなく、隣にヘビースモーカーに座られた日には生きた心地がしなかったものです。そして、あまり意味のない禁煙席、喫煙席に分けられ、やっとという感じで全席禁煙になり、本当にホッしたことを鮮明に思い出します。

それから、スペインに移ったのですが、かの国もまた大変なタバコ天国で、あちらでは女性、子供もどこでも平然と吹かしまくっていたものです。私は煙に追いかけられ、燻り出されながら、青春を送ってきた気さえします。

世界第一のタバコ輸出国であるアメリカが禁煙運動の火付け役になり、今、大学のキャンパス内では野外でも禁煙です。もちろん、学生さん、寮の一室でマリファナを吸っているでしょうけど、建前としてはご法度です。Marlboro、Winston、Camelなどを作っている大手タバコ会社、さぞかし受難の時代を迎えていると思いきや、禁煙規制のうるさくない国が世界にゴマンとあり、大市場の中国、インド、南米そして中近東、東南アジアと売れ行きは一向に衰えないどころか、売り上げを伸ばしています。

ですが、ここに“E-Cigarette”というニューフェイスが現れ、大手タバコ会社が慌てだしています。大学構内で黒い棒のようなものを咥えている学生さんを見かけるようになり、どうしてメモリースティックなんかシャブッテいるのだろうと思いました。タバコを止める段階で使われるハッカなどの味付きキセルかなと想像していたところ、それが“ヴェイプ(Vape)”と呼ばれているE-Cigaretteだったのです。

“タバコもどき”は最近のものではありません。昔から、葉巻、パイプ、紙巻タバコに似せた“もどき”はたくさん出回っていました。ですが、スタンフォード大学の学生の二人、ジェイムス・モンセース(James Monsees)とアダム・ボーエン(Adam Bowen)が2015年にIC、ハイテックを駆使したE-Cigaretteを“Juul(ジュール)”と名付け、売り出し、爆発的に広がりました。

いつものようにハイテックのブームの火付けはカリフォルニアです。この“Juul”、スーパーなどで15ドルほどで買うことができます。普通のタバコ2箱分くらいの値段でしょうか。長さはちょうど一本のシガレットほどで、幅は2本分ほどですが、とても薄く、6~8ミリくらいです。長めのメモリースティックのように見えます。

この中に、マザーボード、集積回路が組み込まれていて、バッテリーはメモリースティックと同じところ、USBポートに差し込み充電できます。吸い口のところにポッド(Pods)と呼んでいる、ニコチンにさまざまな味を付けた溶液のカートリッジを差し込み、吸うのですが、これが非常に細かい水蒸気で、まるで煙のように見えます。今売れ筋はマンゴークリームの味、香りのヴェイパー(Vaper)だそうです。

他にも柳の下的な類似品、“Blu”とか“NJOY”などの銘柄がたくさん出回っているにしろ、“Juul”が50%以上のマーケットを持っています。この“Juul”の今年上半期の売り上げは12億7,000万ドル(概算で1,370億円相当かしら)もあり、“Juul”の発明者、開発者のジェイムス・モンセースとアダム・ボーエンは2019年の世界に最も影響を及ぼした100人に選ばれています。企業の評価額は380億ドル(4兆1,000億円)にまで伸びています。 

E-Cigaretteを吸うことをヴェイピング(Vaping)と呼び、まだ辞書に載っていない若者用語になっているほどです。E-Cigarette、ヴェイピングは若者、ティーンエイジャーの高校生、大学生の間で爆発的に広がりましたが、本来のスモーカー、マールボロをくわえて牛を追うカウボーイとかニューヨークのバーにたむろするビジネスマン、葉巻をくわえたマフィアはそんなものに見向きもしません。もっとも、カウボーイやマフィア、ハンフリー・ボガードが四角いプラスティックの板をくわえていたのでは全く絵になりませんが…。

E-Cigarette、“Juul”などは煙でなく水蒸気なので、周りの人に迷惑をかけない、かける度合いが少ない、カートリッジ、Podsが安く、様々な味、香りを付けものが手に入る、火を点ける必要がない、などなどの理由からでしょうか、若者に受けたのですが、若者というより子供、小学生にまで広がり始めたのです。

普通のタバコは、州によって年齢は違いますが、未成年の喫煙は禁じられています。そんな規制の及ばないヴェイパーは少年、少女たちの間で流行りだし、カートリッジにマリファナなどを味付けしたものが出回り始めたのです。 

法律はいつも現実の後を追うように作られるものですが、州政府単位でヴェイパーを禁止する動きが出てきました。20歳未満にE-Cigarette、“Juul”の販売を禁止し、タバコと同じ扱いに持っていこうとしています。“Juul”の方は大枚払ってワシントンにロービーイスト送り込み、法の規制を少しでも少なくしようとキャンペーンを張っています。1年間にタバコが原因、誘引で死ぬ人はアメリカで48万人以上とみられてます。それに比べ、E-Cigaretteが直接の原因で死んだ人は2018年で10人に満たない(メイヨークリニックの統計では18人となっていますが)…というのです。 

現在、E-Cigarette喫煙者は400万人いると推定されています。大半が25歳未満のインターネット、携帯・スマホ世代です。彼らの多くは当然“Juul”などの喫煙具、カートリッジポッドなどをインターネットを通じて購入します。マリファナの販売を許している州がドンドン増えている現状で、“Juul”を規制しようとしても無理があります。ウイスコンシン州ではE-Cigarette、とりわけカートリッジにマリファナのエキスの入ったものを違法にしています。

ところが、20歳と23歳のハフバイネス兄弟が、カリフォルニア州でカートリッジが2.5ドルであるところに目を付け(同じモノがウイスコンシン州では15ドルです)、それを大量に仕入れ、しかもリサイクル思考を発揮して、吸い終わった空のカートリッジの詰め替えオペレーションを展開したのです。

しかも詰め替える内溶液はマリファナのエキスで、1日に5,000個を詰め替えていたといいますから、ちょっとした企業です。警察が踏み込んだ時、10万個以上のカートリッジ、12.5ガロンのマリファナエキス、18.5ポンドのマリファナを詰め替え、職場で発見したとニュースにありましたから、彼らの儲けたるや天文学的な数値になることでしょう。

若者の現状を知らない中年のオッサン、オバサン議員たちが、タバコと同じ感覚で法規制をしようとしたところで、いつも現行の後を追うだけで、2、3年かけてやっと法律を成立させた時には、若者の方は、すでに別の方向に一歩足を進めているのでしょうね。

そういえば、あの大物ギャング、アル・カポネが捕まり、実刑を喰ったのは、泣く子も黙る国税庁の告発でしたが、ウイスコンシン州のハフバイネス兄弟の動きに最初に目を付けたのは税務署でした。

-…つづく

 

 

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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