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■イビサ物語~ロスモリーノスの夕陽カフェにて
 

第64回:サン・テルモのイヴォンヌ その2

更新日2019/04/18

 

イヴォンヌが作り上げたメニューは、レストランに関わる者なら誰しもそうありたいと思うような簡素なものだった。メインディッシュは5種類のみ、それを大量に売りさばくのだ。次元は違うがラーメン屋が味噌、醤油、塩ラーメンの3種類だけで勝負しているように、イヴォンヌのフランス料理もフレミニヨン、1年モノの若牛の背肉(エントレコ;アントルコート;entrecôte)のペッパーステーキ、ニューヨークカットのような骨付きの厚切り肉にイビサの薬草を振りかけたステーキ、豚もポークチョップのみで塩、胡椒だけ、タルタルステーキ、後は毎日の日替わりメニュー、本日のお薦め料理で、クスクス、ブイヤベース、ラムチョップ、コルドン・ブルー(Cordon bleu)*1、魚介類プレート(これはその朝の漁師の漁獲によって変わる)で、付け合せ(グワルニション)の野菜のごった煮は日々変わる。それにベルギー産のジャガイモを丸焼きにしたベイクドポテトを添えて出すのだ。

メニューを絞り、仕入れの無駄をなくし、調理場を簡素化させて効率よく材料を切り盛りさせているのだ。たとえば、タルタルステーキは本来なら馬肉を使うのだが、イギリス、ドイツ、北欧の人々にとって、馬肉を食することに抵抗がある。そこで、フィレやエントレコをステーキに切る時に必ず出る端肉を挽いて使っているのだ。まず捨てがない。

しかしながら、毎日残るベイクドポテトだけは次の日に持ち越さず、盛大に捨てていた。どうやってもこうやっても、一度焼いたイモは宵越しできない、風味、味がガックリ落ちると言うのだ。

レストラン業で一番の利回りというのか、儲かるのはワインとデザートだ。イヴォンヌは散々探し回り、試飲しまくった後、ハウスワインを樽で買い付け、ガラッファ(garrafa;大きな素焼きなどの水差し)で出していた。メインディッシュが簡素なのに対し、ワインリストは見開き2ページに及んだ。「ヴィノ(vino;ワイン)は腐らないからな~」とよく言っていた。私のカフェテリアで年に1,200本程消費していたから、『サン・テルモ』ではその10倍以上は売れていたことだろう。もっとも、舌を満足させるメニューがあってこそのワインなのだが。

デザートもすべて自作だった。アップルパイは酸味の強いグラニースミス種の芯を抜き、シナモン、蜂蜜、グランマルニエ(Grand Marnier;オレンジ・リキュール)を垂らし、詰め、一個のリンゴ丸ごとパイの生地で包み込んで焼き、ホイップクリームをかけたもので、それ一品で一食になるほどのボリュームだ。

私のお気に入りはチョコレートムースで、小さめの素焼きのボールに、ほろ苦いチョコレートをカカオの風味を殺さずやわらかく固め、コニャックで香り付けしたものだ。それにイチジクとチーズの付け合せプレートがあった。新鮮なイチジクに長年寝かせ、硬く引き締まり、香りというのか臭いが凝縮されたメノルカ島のチーズの塊を供するだけなのだが、これで腹いっぱい、という充足感をもたらす。

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サン・テルモのテラス席から夕方の港を眺める(写真は最近のもの)

『サン・テルモ』はいつ行っても満席で、同じ袋小路にあるバールの『インフェルナール』(Infernal)は『サン・テルモ』の待合室になってしまったと、オーナーのイヴがぼやくのだった。

イヴォンヌは1年目から、店をドンドン拡張していった。路上にテーブルを並べるスペースはその店が持つ間口の広さに制限されている。彼は、昔、荷揚げの倉庫に使っていた、分厚い木のドアが決して開かれたことのない地所を次々と買うかリース契約し、テラスの使用権を広げていった。

初年度はそのような建物の1階の半分を冷蔵庫に作り変えた。十畳敷きほどの広さがあるスペースを冷蔵庫、その横に四畳半ほどの冷凍庫を造ったのだ。イビサで一番大きな冷蔵庫だ、中で宴会が開けると自慢していたものだ。牛はセゴビア地方、豚はアラゴン地方から送られてきた半身の動物が天井から釣り下がっていた。もう一つの元倉庫はワインの貯蔵庫に充てられた。

イヴォンヌが『サン・テルモ』を仕切り始めた数年、彼は店の売上をすべて、そのような改造に注ぎ込んでいたと思う。長い木のベンチをやめ、独立した椅子、ゴッホの絵にあるようなコモを張った椅子に座布団を付け、「客の尻を守ってやらなければ、口から胃袋へと、食べ物がうまく流れていかないからな~」ということだった。

そして、テーブルにもテーブルクロスの下に柔らかいフェルトを張り、お客さんが、ゆったりと肘を付くことができるようにした。もちろんテーブルには季節の花を飾り、何というのだろうか、ガラスのコップに水を入れ、そこに浮かべたローソクを灯し、ムードを醸し出していた。

これは毎日店を開く前にウエイターがセットしなければならず、彼らにとって余計な仕事といえなくもないのだが、『サン・テルモ』のようなちょっとしたフレンチレストランでは、チップの収入がバカにならず、イヴォンヌがレストランを牛耳ってから、賄いもウエイター、ウエイトレスも毎年同じ顔ぶれで、ニューフェイスが加わるほか、変動は極めて少なかった。お客もそれを喜んでいるようだった。

席数は路上に張り出したテラスだけで120席くらいだったと思う。それで晩餐だけ、夕方7時に開き、一応12時に閉める5時間、閉店間際に来る客が居残り、実際に電灯を消すのは夜中の2時頃になるのだが、シーズン中は250から300食をこなしていた。

イヴォンヌ自身、自嘲するように。「一度、レールの上を走らせたら、これはもうステーキの工場(fabrica de chuleta)みたいなもんさ。俺ももう大きな本格的なフランス料理のレストランの仕事はできなくなってしまったと思うよ…」とノタマッテいた。

どうにか潰れないでやっている『カサ・デ・バンブー』と比べるべくもないのだが、イヴォンヌは、レストラン業が大いに儲かり、企業として成り立たせることができることを、目の当たりに見せてくれた。

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San Rafael教会からイビザ市街を望む

何年目からだろうか、イヴォンヌはイビサの町から内陸に7キロほど入ったサン・ラファエルの傾斜地、イビサの港や町をはるか彼方に見下ろせる土地を買い、シーズンオフに『サン・テルモ』の従業員と一緒に、“チャレ”(chalet;別荘、山荘、田舎の家)を建て始めたのだ。

何度か建築途中の“チャレ”を見に行って驚いた。田舎の“フィンカ”(Finca;小屋、農家)というレベルのものではなく、大きなプール付きの豪邸だった。完成に3、4年かかったと思う。落成記念パーティーはとても豪勢なものだった。こういう時のイヴォンヌのモテナシ、金の遣い方は惜しげがなかった。フランス人はケチだというのは全く当たらないと感じ入ったことだ。

眼前に広がる緩やかな斜面は近隣の農家に世話をさせ、自分のレストランで使うトマト、ズッキーニをはじめ、恐らくフランスから取り寄せた種で様々なスパイス、薬草を作っていた。また、イビサで一番早く会計にコンピューターを導入したのもイヴォンヌだったと思う。

お客さんへの勘定書きだけでなく、注文したメニューにどのような材料をどれだけ使っているか、一日の終わりに明白に分かるようにしたのだ。それで、たとえば牛のフィレ肉の仕入れた量と実際にお客さんに提供した肉の量、歩留まりが明らかになり、仕入れに無駄、腐りがなくなるのだ。

13歳から台所に入ったイヴォンヌがどうして料理の腕だけでなく、ここまでの経営能力を身に付けてきたのか、奇跡のようにも思える。優れた料理の腕と経営能力は必ずしも一致しないものだ。イヴォンヌに、お前はその両方を持っていると憧憬を篭めてコメントしたところ、大いにテレながら、「オレには美味い飯をつくり、食わせる以外何の趣味もないからな~」とノタマッタことだ。

-…つづく

 

*1:コルドン・ブルー(Cordon bleu):肉を薄く叩き、ハムまたはプロシュートとスイスチーズなどのチーズを包み、油で揚げるか焼いた肉のカツレツのこと。伝統的には子牛肉を用いるが、豚肉や鶏肉なども使われる。<Wikipedia>

 

 

第65回:サンドラとその家族 その1

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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