第9回:酒場サルーンと女性たち その9
■ラウラ・ブリヨン、あるいはデラ・ローズ、あるいはフリーダ その1
西部では男も女もあだ名、通称で通す習わしがあった。とりわけアウトローや娼婦はいく先々で呼び名を変える。ここに登場する娼婦、アウトローも再三呼び名を変えているが、“ラウラ”(Laura Bullion)で通すことにする。
ラウラの名前、素性がよく知られているのは、彼女がいつもアウトローグループ“ワイルド・バンチ”の周辺にいたからだ。ラウラ自身もお尋ね者になり、ピンカートン探偵社のブラックリストに載り、逮捕、服役した経歴があるおかげで、他の数千、何万の娼婦らより、たくさん記録が残っている。
それにしても、ラウラの出生地、生年月日さえはっきりしていない。テキサスのアイリヨン郡メルゾン近くのニックバーボッカーで少女期を過ごしているから、そこで生まれたに違いないとする歴史家が多いが、テネシーのメンフィス郊外だとする新説が登場し、どちらも決定的な確証はない。どこで生まれたかさえ分からないのは、父親のヘンリー・ブリヨンがヤクザ者、アウトローで常に動き回っていたせいだ。母親はフリーダ・バイラーと知られている。
父親ヘンリーがバディーを組んでいたのが、ウィリアム・ニュウズ・カーヴァー(William "News" Carver)と、ノッポのテキサス男、ベン・キルパトリック(Ben Kilpatrick)でラウラの生涯に深い影響を及ぼすことになる。
生まれた年もいろいろな説があり十年の開きがある。これは一つに、彼女自身が中年以降いつも十歳若く自分の歳を言っていたせいだが、十歳サバを読んでも、それを周囲に信じさせる溌溂とした肉体を持ち、若々しい行動をしていたからだろう。
彼女は小柄でキュートな少女だったらしい。おまけに活発に動き回る、機転の利く、頭の回転が恐ろしく早い娘だったようだ。

Laura Bullion
どうもこの写真からラウラの生き生きした表情が窺えない
恐らく逮捕され服役した時に撮られたものだろう


ウィリアム・ニュウズ・カーヴァーとベン・キルパトリック
テキサスはフォートワースでブッチ、サンダンスとの五人組の写真
この頃から計画性のあるブッチから離れ、独自に活躍し始めた
「栴檀は双葉より芳し」*1 をそのまま生きるかのように、ラウラの叔母がカーヴァーと結婚していたが、その叔母ヴァイアナが病死すると、すぐにその後釜に居座ったのだ、時にラウラは13歳だったとも15歳だったとも言われている。現在の感覚で13歳の少女を想像、判断することはできないにしろ、ラウラが何よりも自分の感情、情熱を優先させ、表に出すタイプだったことは間違いない。
いくら当時の西部の女性が早熟だったと言っても、13歳の少女が自分の親父のバディーのアウトロー、カーヴァーの元に走るだろうか? 15歳にはなっていたはずだと…、この辺りは週刊誌のゴシップ風になる。それにカーヴァーはラウラの親父さんヘンリーと同年代だと思われるから、20~30歳も年上のおっさんと一緒になったことになる。カーヴァーは中肉中背、どちらかといえば細面のほとんどハンサムと呼びたくなる容貌の持ち主だった。
いくら百戦錬磨の娼婦にしろ、いつも来てくれる気に入った相手があり、それが高じてロマンチックな感情を沸き立たせることがあるに違いない。彼女を大切にしてくれる、扱ってくれる男にホロリとすることがあるだろう。娼婦と言えども恋愛感情を多分に持っていた。
テキサスはサンアントニオにアウトローが好んで出入りする娼館があった。ファニー・ポーターの家で、このイギリス生まれのファニーは肝っ玉オッカアで、面倒見の良い大きな心を持つ、絵に描いたような娼館のマダムで、自然、良い娘が集まり、ファニーは彼女らを大切にし、金離れの良い顧客のアウトローたちからも一目置かれる存在だった。
ラウラがじきにファニーの館で働くようになったのは、自然の成り行きだった。その時、ラウラに付けられた愛称が“デラ・ローズ”だった。“バラの花”そして“ワイルド・バンチのバラ”とさえ呼ばれていたから、いかに彼女がコケティッシュでキュートだったか想像がつく。生き生きとした輝く目を持った少女だったのだろう。
アウトローたちの間でラウラは垂涎の的だったに違いない。だが、アウトローの間で女性が絡んだ揉めごとは奇妙に少ない。一人の女性を巡っての切った張ったがほとんどない。互いに同僚のガールフレンド、たとえそれが娼婦であろうとその関係を重んじる、尊敬する風潮があった。
ブッチ・キャサディとサンダンス・キッズが、サンダンスのガールフレンド“エッタ・プレイス”と三人でアルゼンチンの最南端パタゴニアまで逃避行を敢行し、そこで農園、牧場を開いたが、この不思議な三人組もカップルプラス男一人で、彼らの間で女性、エッタ・プレイスを巡っての争いはない。
ラウラが特別浮気者であったというのではない。ただ感情の量がとてつもなく多かったのだろう。ワイルドバンチの“テキサスの五人”として写真の真ん中におさまっているハンサム、マッチョマンの見本のようなノッポのテキサス男“ベン・キルパトリック”にラウラは惚れ込んだのだ。
もっとも、カーヴァーの方が活発すぎる少女ラウラに付き合いきれなくなり、ファニー・ポーター館の妖艶な娼婦リリー・デイヴィスと一緒になったので、ラウラはベンの元に走ったとるものもいるが、ともあれ、ラウラは娼館を離れ、ベンと一緒に東部へ流れた。偽名は“Mr.&Mrs. ベンジャミン・アーノルド”だった。
ベンは1901年の列車強盗事件で逮捕状が出ており、かつピンカートン探偵社の執拗な追跡にあっていたのだ。この列車強盗にも男装したラウラが一役買っていたというのが通説になっている。ラウラは乗馬もリヴォルバーの扱いも手慣れたもので、その上、肝っ玉が座っており、一流のアウトローになる資質を充分以上に備えていた…というのだ。
ラウラは怖いもの知らずで、ベテランのアウトロー中にあっても抜きん出て冷静だった。彼女の性格から言っても、男どもが犯罪を実行するのをジッと隠れ家で待っているようなことはせず、男どもと一緒に実行犯として活躍していたのだろう。
*1:「栴檀は双葉より芳し(せんだんはふたばよりかんばし)」_将来大成する人は幼少期から優れた才能を持っていることを示すことわざ
第10回:酒場サルーンと女性たち その10
■ラウラ・ブリヨン、あるいはデラ・ローズ、あるいはフリーダ その2
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