第446回:新聞の力~『ニューヨーク・タイムズ』の社説
どこの国のどんな新聞の紙面でも、一番人気がなく、読まれない記事は『社説』ではないでしょうか。かなり新聞を丁寧に読む人でも、第一面は見出しを眺め、いきなりスポーツ面、そうでなければ社会面(三面記事というのですね)、それから政治、経済、地元のニュース、コラムを読み、よほど差し迫った重大事があるときに、社説、論説に目を通すのがよいところでしょう。
各々の新聞社が、ブレーンの粋を集めて書いた社説は、恐らく『お悔やみ』の欄より読まれない運命にあるようです。
ところが、これでもか! とばかり、新聞紙面のトップ、第一面に『ニューヨーク・タイムズ』が社説の載せたのです。12月5日版です。購読者よ、この社説だけは是非是非読んでくれといわんばかりの力の入れようなのです。
これには読者だけでなく、他のマスコミ、テレビ、雑誌もさぞ驚いたことでしょう。第二次世界大戦開戦・終戦、ケネディ大統領のキューバ封鎖、ベトナム戦争敗戦の時でも、社説を第一面のトップに載せたことはありませんでした。何でも、1920年に一度だけ大統領の選挙システムについての社説を第一面に載せて以来ですから、95年ぶりということになります。
社説はアメリカの銃規制についてで、その3日前の12月2日に起きたカルフォルニア州のサン・ベルナディーノの大量殺人事件を受けたものです。この事件で14人が死亡し、17人が負傷しました。何度提出されても骨抜きにされるか否決される銃規制の法案に苛立ちと怒りを隠そうともせず、直接的に“市民が合法的に戦争目的のために作られた武器を購入できること自体が、道徳にも劣っているし、国家的な恥だ” と、アメリカの野放し状態であるかなきかの銃規制を弾劾してるのです。
社主自らも、“銃による惨事、虐殺を安穏と認めているアメリカの無能さに対し、失望を怒りに変えてはっきりと全米に訴えるのが目的だ”と述べています。
私のコラムでも何度も繰り返して取り上げているアメリカ銃規制ですが、コネチカット州の小学校で26人の生徒と先生が殺されたのは3年も前のことになります。それから平均すると、規模の差こそあれ、毎日銃撃戦が起こっており、毎日誰かが死んでいます。
『ニューヨーク・タイムズ』の激しい論調に対し、保守の牙城である『ウォールストリート・ジャーナル』は、また例のごとく、銃の所有は憲法で保障された権利であり、たとえ銃の規制を厳しくしたところで、今回のような事件は後を絶たないであろう…、それより問題はオバマ大統領が許しているアラブ系の移民のバックグラウンド・チェックが充分でないところに問題がある…と、憲法と移民に問題をすり替えています。
『ニューヨーク・タイムズ』は、日本の朝日、読売、毎日新聞のような全国紙ではなく、大都会とはいえ、ニューヨーク市の住人を対象とした地方紙です。発行部数も日本の大新聞は400万部とか500万部と言われているのに対し、『ニューヨーク・タイムズ』はその10分の1以下です。
文化面でもニューヨーク市一点張りで、市内のギャラリー、演劇、ミュージカル、映画に終始しています。それでも、アメリカ全土に広い読者層を持ち、全米で販売されています。カンサスシティー・スター紙をマイアミで買うのは無理でしょうけど、『ニューヨーク・タイムズ』はアメリカ中どこででも買えるし、定期購読できます。しかし、そんなクオリティー紙を読む層はとても限られていて、ほんの一部のリベラルなインテリしか読みません。
ですから、影響力という点から言えば、何十、何百という地方紙のネットワークを牛耳っているハースト系の大衆紙にはるかに及ばないことでしょう。それに銃規制のことなど、『ニューヨーク・タイムズ』を購読しているような層の人なら、わざわざ社説を読まなくても、常日頃から銃規制に大賛成で、完全な銃撤廃から段階的に規制を強める…と、それなりの意見を持ってることでしょう。
機関銃やどんな狙撃銃でもOKという人、すでに自宅にそのような銃を幾つも抱え込んでいる人は、『ニューヨーク・タイムズ』など読まないのです。
そんなことは、『ニューヨーク・タイムズ』の連中は百も承知の上で、95年来、初めての大キャンペーンを張ったのでしょう。幾度となく繰り返される惨劇に、声を上げずにいられなかった編集者たちの絶望的な叫びが聞こえてくるようです。
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