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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から
 

第817回:アメリカの御犬様文化

更新日2023/09/07


私たちがドライブウェイを共有している隣人カップル、バッドとキャロルは大変な動物好きで、彼らの広い庭には野生の七面鳥、狐、カラス、ハミングバード(ハチドリ)、山鳩などが集まります。それは、彼らが野生の動物のための餌箱と水場を作っているからです。それにつられて、時折、コヨーテ、黒熊などの大型の動物もやってきます。野生の動物に餌をやることに多少の問題はありますが…。

この界隈では、キャロルを“七面鳥レディー”と呼んでいます。野生の動物だけでなく、彼らは家の中に大きな犬を2匹、家猫3匹、バーン猫(物置に住む家の中に入れない猫)2、3匹を飼っています。
 
2、3週間前、彼らの灰色のラブラドール犬“リヴァティー”の股関節がおかしくなり、後ろ足で踏ん張れなくなり、お尻を引きずるように、前足だけで身体を動かすようになりました。彼らは地元の獣医(アニマル・ホスピタルと看板を掲げた洒落た医院)へ連れて行き、人工の関節を入れる手術をしてもらいました。その費用が3,000ドルかかったと、キャロルは嘆いていましたが、動物なんでも大好き人間らしく、リヴァティーが元気に尻尾を振ってくれたから、その価値はあったと言っています。

彼らはどちらかと言えば貧しく、バッドは引退後、森から木を切り出して割り、暖炉や薪ストーブ用の薪にして売り、キャロルはここに多いお金持ち別荘の掃除婦をしている暮らしです。

私たちが鶏卵を買っているマクドナルド・ファームでは、ドアベルを押すと同時に5、6匹のミニチュア・ダックスフンドの盛大な歓迎を受けます。騒々しく吠えたてドアに集まってくるのです。一歩遅れて、巨大なセントバーナードがノソノソと登場します。「こいつら全部に法律で決められた予防注射をするのに1,200ドルもかかった」とご主人のマイクが言っていました。でも、彼らはミニチュア・ダックスフンドを増やし、子犬を800ドルで売っていますから、予防注射の必要経費くらいすぐに元が取れるのかもしれません。

3マイル離れたお隣のジニーとスティーヴは、雑種の中型犬にメロメロです。どこへ行くにも一緒に連れて行きます。それは良いのですが、私たちの家に食事、お茶に呼んだ時、当然のように、全くためらわずに彼らの犬を家に入れ、自由に家の中を歩き回らせ、散策させるのです。躾の良い犬ですが、私たちは日本式に玄関で靴を脱いでいますから、お犬様が土足というか、足を拭かずに家に入ってくるのは少し神経に触ります。そして、彼らが帰った後、敷物だけでなくソファーも椅子も、そこらじゅう毛だらけになり、掃除機をかけなければなりません。

人様の前で孫自慢、ペット自慢、病気自慢はするな、とよく言われます。あれは自分が可愛くて、可愛くてしょうがないから、他の人にもその可愛らしさを分けてあげたい発露なんでしょうけど、そんな感情は本人の心の中に仕舞っておくべき種類の愛情なんでしょうね。

この高原台地は谷間の街から小1時間の距離があり、週末には随分多くの人が街から昼食ピクニック、キャンプ、ハイキング、それに今流行りのATV(日本でバギーと呼んでいるのかしら、4輪駆動の凡そどんな場所でも、道なき道を走れる小型の車)をピックアップトラックの荷台に載せて登ってくるようになりました。

当然のように、彼らの大半は愛犬を自然の中で思いっきり遊ばせようと、連れてきます。ところが、団地の家の中で飼われていた犬は、本来持っているはずの帰巣本能が磨かれていませんから、ご主人様の元に帰ることができず、簡単に行方不明になってしまいます。我が家にも、迷い犬が紛れ込んできたことがあります。幸い首に犬の名前、持ち主、電話番号を打ち込んだ小さなプレートを付けていましたから、電話したところ、飼い主が吹っ飛んできました。3、4匹の子犬が泣きついてきたこともあります。

ここの簡易郵便局(トレーラーですが)には、いつも迷い犬、行方不明犬の張り紙が何枚か出ています。

隣人たちによれば、意図的に町中の団地で扱いきれなくなった犬をここに置き去りにしていく飼い主がかなりいるらしいのです。逆に、行方不明犬には賞金がかかっています。この犬を見つけた方には200、300ドル差し上げます、とか張り紙が出ています。


一体全体、一頭の犬が生まれてから死ぬまでにどのくらいの費用がかかるのでしょう?
インターネットでは、もしその犬が健康優良児、ならぬ健康優良犬で、獣医にかからず無事に生涯を終えるとして、ドッグフッド、栄養剤、義務の予防注射などで、大型犬で5,000ドル、小型の犬で3,000ドルかかるとありました。それに加え、もし病気や事故に遭い、獣医に持ち込めば、その費用はうなぎ上りになります。

そこで、アメリカお得意の保険が活躍します。お犬様用のペット保険です。
興味本位でチェックしたところ、ペットの保険、その種類、タイプ、会社の多いことに呆れました。

病気と事故だけカバーする極基本的?な保険で、大型犬で年1,000ドルから1,500ドル、小型犬で700~800ドルというのが相場のようです。これは特別な純血種、品評会に出すような血統書付きの犬のものではなく、普通のペット、お犬様の保険です。チナミにどこの保険会社でも一番高い保険料を設定しているのは大型犬のニューファウンドランド種です。

そして、ほとんどの保険会社では、各々の犬の写真入り保険証を発行しています。来院の際には保険証を忘れずに、というわけです。これらの保険には行方不明は含まれていません。

ウチのダンナさんはたくさんの犬と一緒に育ってきたようですが、「ウチの犬には残飯、余りご飯に味噌汁なんかかけ、それに魚の骨なんかやっていたと思うけど、なんせ人間でさえ、食うや食わずの生活だったからな~、ドックフッドなんてあるのも知らなかった…」と言っています。なんか、人間も犬もタフに育ってきたようなのです。「犬はいつも腹をすかしているからこそ、鼻が効く野生の感覚を失わずにいられるのだ」とのたまっています。人間様の方はどうなるのかしら? 腹ペコでは狩猟、農耕もできず、思考能力も衰えると思うのですが…。

私にしても、アメリカのお犬様文化にはいささか食傷しています。世界にたくさん飢えている人がいる現在、バランスの取れた、コレステロールが低く、タンパク質、カルシュウムの多いドックフッドを与え、お犬様専門の心理病院が流行る文化は行き過ぎだと、どこか狂っていると思わずにはいられません。

 

 

第818回:“I love you!”

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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