第36回:Peking (7)更新日2006/11/30
なんとか煩いスイス人女性との相乗りに耐え、タクシーは小高い山の麓に停まった。そこから長城がある山の峰までは、自分たちの足で小一時間ほど歩くことになる。大気圏外から唯一目視で確認できる人口建造物といわれるほどの巨大な長城の中でも、金山嶺や八達領など特に有名な場所に比べれば、ひっそりとした場所ではあったが、それでもさすがは長城だけあって周りには他にも数グループの観光客が訪れていた。
とにかく他のアジアの国に比べると、何から何までお金がかかるために、貧乏旅行者であるバックパッカーには敬遠されがちな中国であるが、この長城もやはりその点では同じで、貧乏旅行者にはかなり高いと感じる入場料をとる場所が多い。
ところが、私たちが訪れたこの黄城花では、少しずつ手が入って観光地化されてきているとはいえ、先に挙げたような場所に比べると、まだまだ崩壊した瓦礫になっている箇所や、草が茫々に生えている箇所などがある、ある意味手付かずの長城であるために、入場料というものは必要がなかった。
麓からは小一時間ほどかけて、小さな山道を頂まで歩いていく。山頂まで辿り着くと、麓からは想像もつかないような峻険な峰々が連なる景観が広がっていた。そしてその峻険な峰々を巨大な竜が這うように、長城が遥か彼方まで延びていた。
この長城に立った瞬間の感動というものは、ちょっと言葉では言い表すことができないが、その感動の種類というものは、これを築き上げた古代中国人たちの執念とも、彼らへの畏怖とも言える類のものであったかもしれない。
実際に長城を歩いてみて気がついたのは、ところによってはすでに荒廃した長城の一部が、すぐ隣は絶壁に近いような峰のふちになっているのにもかかわらず、崩れて崩壊しかけていたり、写真などでは分からないが意外なほどに急勾配な坂になっていたりしていたことだ。
そんな悪路を、崩れた壁の一部や、伸び放題になっている草に掴まったりしながら歩いていたからこそ、むしろ「よくぞこんなところに、こんなすごいものを」という感動が生まれたのかもしれない。
ちなみに後で知ったことだが、この長城では悪路ということもあって、観光客が毎年数人は転落死などの事故で亡くなっているとのことであった。
-…つづく
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