第138回:高校ラグビー ~0対300の青春
更新日2009/02/26
全国の高校球児が甲子園を目指すように、全国の高校生ラガーは花園を目指す・・・。
というのは基本であり間違ってはいないが、全国の高校生の中で、一体どれだけの選手がこの言葉に現実感を持っているのだろう。
九州のとある県にある県立A工業は、今年度で花園に、27年連続37回出場しているという強豪校である。過去には優勝経験こそないが、準優勝回、ベスト4も1回、ベスト8には今年も含めて数回なっている。日本代表を始め、トップリーグ、大学強豪チームに夥しい数の選手を輩出しているのである。
毎年、このチームは県予選で200点前後のゲームをして、断トツの強さで花園にやってくることが話題になる。今年度も、県予選準決勝を205-0、決勝戦を220-7の成績で花園出場を決めた。
この県は、最近数年は県予選に出るチームが、わずか4校のみだ(このように県予選の出場校が少ない県はいくつかあって、今年度で言えば、2校のみが1県、4校のみがこの県を含めて3県ある)。
A工業以外の3校の実力は拮抗していて、どんな組み合わせであっても、準決勝の片方はA工業の圧勝、もう片方は僅差の好ゲームの末どちらかが勝ち上がり、決勝戦ではまたA工業の一人舞台!?という結果を、判で押したように毎年繰り返しているのである。
圧巻は昨年度の準決勝、300-0のゲームであった。今その試合の資料を見てみると、前半21トライ19ゴール、後半23トライ21ゴールとある。合計44トライ40ゴール、7×44+2×40=300。高校ラグビーは前後半30分ハーフだから、約80秒に一度トライを決めていることになる。
スコアには、2分、3分、4分、6分、8分、8分、11分、12分、14分・・・と刻々とトライを重ねていった記録が残っている。おそらく、相手ボールのキック・オフを受けたA工業は、タックルを受け、モール、ラックなどのポイントを作られるようなことはほとんどなく「粛々」と相手のインゴールにボールを運び続けたのだろう。
そして、その後のコンバージョンはすべて地面にボールをプレスしない、ドロップ・キックでのゴール、24回蹴って4回しか失敗していない。すべてと言っていいほどのトライを余裕を持ってインゴールの真ん中あたりに決めた証拠である。
私も、高校時代に弱体柔道部の、その中の最も弱っちい部員であった者として、考えてしまう。0-300で負けたチームの選手たちの思いを考えてしまうのである。
ノーサイドの後、キャプテンは選手たちに何を話したか。監督は試合後の彼らをどうやって迎え入れたか。選手たちは、その日の夕食で家族たちに試合の話をしたのだろうか。いや、まっすぐ家に帰れたのだろうか。
余計なお世話だと揶揄されるのは充分承知の上で、けれども、同情などという立場に立てない、かつての痩せっぽっちの柔道部員は痛みを覚える。おそらく、「同じ高校生なのに」という気持ちはないと思う。「あいつらは違いすぎるんだ。あいつらは化け物だ」と考えているに違いない。そうでなければ、自分が立っていられない。
それでも彼らは、次の日から練習を再開するのだろう。グラウンドを何周か走り、スクラッチからランパス、キック&チェイス、アタック&ディフェンス、そしてフォワードとバックスに別れて・・・。毎日朝練、授業後の練習を繰り返すのだ。
けれども、残念なことにそれはA工業に勝つための練習ではない。残りの2校と渡り合えるだけの練習でしかないのだと思う。残りの2校も、同じような意識で練習をしているのではないか。
A工業戦ではない、もうひとつの準決勝の昨年度はC?Bで28-10,今年度はB?Dで24-22というスコアのゲームになっている。A工業相手では歯も立たないから、他の3校でしのぎを削ろう! 決して本意とは言えないが、彼らのモチベーションはそこにある気がする。
しかし、繰り返すが余計なお世話と思いながら、本当にそれでよいのかと真剣に思う。200点も300点も取られっぱなしでいいのか。自分たちの足が止まり、その横を30回も40回も通り抜けられる試合を、毎年繰り返していていいのだろうか。
相手は60人以上の部員、こちらは1年生を入れても15人ギリギリ、相手のフォワードの平均体重は全国一の96kg、こちらは70kgそこそこ。ハンディの大きさは歴然としている。
それでも、彼らをタックルで止め、彼らのボールを奪うイメージを描きながら練習することはできるはずだ。試合の中で、自分の横を涼しい顔で素通りしていった相手。それを、ふざけるな、今度は何とか足首にしがみついてでも止めてやるという思いで、タックル・バックに何回も、何回も突き刺さるのだ。
1回1回、きちんと意識を持ち、相手の動きをイメージしながら、今までの2倍のタックル練習を繰り返し、試合で執拗にタックルに入っていければ、今までの失点は半分になる。
口惜しい思いで卒業していったOBと現役生が一緒になって、何年か先必ずA工業に勝つということを目標にし、戦略を立て、スキルを磨く。そして、最後は必ずこう思ってもらいたい。
「同じ高校生じゃないか、そして同じラガーなのだ。あいつらに一方的に負けるなんて、もう許せない!!」
他の3校が、A工業を少なからず狼狽させるような、厳しいラグビーをするようになったとき、初めてA工業は花園で悲願の優勝をすることができるだろう。そんな気がしている。
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