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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第292回:アメリカのPTSDと殺人自殺

更新日2012/12/28



平均するとアメリカでの自殺率は、日本のおよそ半分で、人口10万人に対して17.7人で、ランキングで表すと世界で41番目です。

そこまでは良いのですが、アメリカで自殺率が異常に高い階層があります。退役軍人、現役軍人です。何にでも、もっともらしい名前を付けずにはいられない医学会とマスコミが、戦争で精神的におかしくなった症状を、PTSD (Post Traumatic Stress Disorder;戦闘後の精神異常)と名付け、今ではPTSDといえば、誰でも、アアそうかと納得したような気分になります。 

そのPTSDで自殺に走るケースが増え、長引いているアフガニスタンの戦争では、実際の戦闘で戦死した人より、自殺した人の方が多いという、全く奇妙なことになってきたのです。

アフガニスタンの戦争以前も、軍関係の自殺は多かったのですが、2004年から2008年にかけて80パーセントも増加しています。しかも、18歳から24歳の若い兵隊さんの自殺が、将校クラスのベテランより多いのが特徴です。戦場で人を殺し、死んだ人をたくさん見ると、それまでのたわいない人生観が極度に変るのでしょうか。

始末の悪いことに、銃火器の扱いに慣れていて、身近にいくらでもありますから、落ち込んだときにズドンと一発、自分を撃ってしまうのでしょう。

こんな現実、統計はアメリカ政府、軍関係には全くありがたくない事実ですから、国防省(Pentagon)も必死なってPTSDに対処しようとしています。PTSDのための医療費だけで530億ドルをつぎ込んでおり(そのうちの4パーセント、21億ドルを自殺防止のために使っています)、フリーダイヤルのアドバイス電話を様々な形でもうけていますが、さっぱり効果が上がっていないのが実情です。

現役の兵隊さんが毎日1人どこかで自殺している勘定になり、退役軍人を加えると、80分に1人づつ、自分に向かって引き金を引いていることになります。

もう一つのアメリカ型自殺の特徴は、殺人自殺です。

日本的な現象と言われている無理心中と言われるものは、子供を残して自分だけ死ねないから、子供を殺し自分も死ぬとか、不治の病に倒れた妻、夫、子供を殺し、それから自分も死ぬという自殺ですが、確かに、西欧ではそのようなタイプの事件はとても少ないようです。この無理心中と似ていて全く異なるのがアメリカの殺人自殺です。

アメリカでは銃の規制がほとんどないに等しいことは再三書きましたが、乱射事件を巻き起こし、沢山の人を殺した後で警察に投降せず、最後に銃を自分に向けて撃って死ぬケースがとても多いのです。

乱射事件の犯人たちは、恐らくこれだけ人を殺したから、裁判で死刑になるのは確実だ、それならこの場で死んでしまおう…と計算するのでしょうか、この間のデンヴァー郊外の映画館での大量殺人犯のように、生きて捕まるのはとても珍しいことです。 

大昔、日本で赤軍派が浅間山荘に閉じ篭もり、鳴り物入りの激戦(アメリカの基準からすれば、子供の戦争ごっこみたいな武器でしたが)の末、ゾロゾロ手を上げて投降しました。それをテレビで観ていたうちのダンナさん、「なんだ、なんだ、あいつら……!!」と暗に全員討ち死にか、自殺を期待していた様子だったことに、背筋が寒くなったことを思い出しました。今回のテーマからかなり離れてしまいましたが、日本的ならざる日本として、つい思い出してしまいました。

アメリカ的殺人自殺とPTSDを抱えた軍人の自殺は、元を正せば同じ精神状態から発しているように思います。PTSDの軍人も戦場で人を直接殺すか、少なくとも殺人現場に身を置き、体験し、かなりの時間を経てから自殺しているのですから、乱射事件の犯人が、犯行現場で即自殺することとの違いは、殺人を犯してから自殺までの時間の長さだけ……ということになります。

このようなPTSDが即暴力に結びつくところが、アメリカの深い病根だと言えそうです。

 

 

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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