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■イビサ物語~ロスモリーノスの夕陽カフェにて
 

第49回:イビサ流船釣り体験の顛末

更新日2018/12/13

 

地中海は、日本近海やニューファンドランド沖のように暖流と寒流がぶつかり合うような場所がない。したがって、栄養類が豊富なアミのような小さなプランクトンが湧くことがなく、言ってみれば至って貧しい海なのだ。その分だけ、強烈な太陽と相まって海の水の透明度、青さが際立つ。地中海は狭いジブラルタル海峡から大西洋の水が僅かながら出入りするだけの大きな塩の湖なのだ。

もちろん、大きな湖である地中海にも魚はいる。どんな海にでも大量に湧くイワシ、それを食するカツオ、サバの類、またそれらを追うイルカやマグロもいるにはいる。だが、日本やアメリカの北西部、北東部でのように防波堤に釣竿が並ぶ光景は観られない。

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イビサでは珍しい海釣り風景

海好きの私は、イビサに住むとすぐに、地元のスポーツ用品店から素人用の水中マスク、フィンなどを買い求め、海中散歩、シュノーケリングを始めた。まず驚いたのは、水温の低さで、もう太陽が強烈に照りつける5月になっても一向に海水温が上がらず、15分も水に漬かっていると、唇が紫色になり身体の芯まで冷え切ってしまう冷たさなのだ。

「こんな時期に泳ぐのは、脂のよく載った北欧人だけだ、8月には暖かくなるさ…」とイビセンコに笑われた。だが、8月になっても、多少暖かくなるのは海の表面から1、2メートルだけで、2メートルも潜ると、依然として冷たい水が横たわっているのだった。

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イビセンコの漁師さん、ほとんどが小型の漁船ばかり(本文とは無関係)

イビセンコの朋友ペペが海釣りに誘ってくれた時、私は一も二もなく飛び付いた。釣り船は船齢何年とも知れない老朽の木造船で、地元の人が“ラウート”と呼ぶ、ダブルエンダーで舳先も船尾も絞った形だった。一見、どっちが前か後ろか判断がつかない外見だ。デッキは緩やかに両舷に傾斜して張ってあり、ピンポン玉のようにどこから水を被っても沈まない、地中海の波長が短い、チョッピーな海面に向いている造りだった。

船の持ち主はペペの叔父で、彼が爺さんからこの船を貰い請けた時、船にエンジンがなかったと言うのだ。それまでは、ラテン帆というイビツな台形の帆だけで、海に出ていた帆かけ船だった。その船体にマストを取っ払い、古いディーゼルエンジンを載せた歴史的と呼びたくなるシロモノだった。船名は“カルメンシータ”=ちびっ子カルメンだった。

一緒に乗った釣り人は、ペペの叔父、父親、彼らの友人、それにペペと私の5名で、8月の終わりの静かな海にノロノロと打ち出たのだった。そのスピードたるや、公園の手漕ぎボートに追い抜かれること間違いない遅さだった。

彼らだけが知る?瀬に着き、エンジンを止め、船を潮に任せ、釣りが始まった。私は釣りに全くのド素人だが、それでも、彼らの原始的なヤリ方は、古色然としたものだと分かるほどだった。糸と針、何がしかの錘(オモリ)だけ、餌は小イワシを叩き潰しもので、竿もリールもなく、浮きも糸巻きの板もなく、ひたすら右手の人差し指から滑り出した釣り糸の感覚だけが頼りの釣りだった。

上がってくる魚も千差万別で、根付きの小魚ばかりだった。彼らはどんな小さな魚、ほんの4、5センチのモノでも逃がしてやることをせず、底に穴をうがった木箱に放り込んだ。

もとより、ペペの父親は左官、叔父と彼の友人は建具職人だから、週末の素人釣りだ。釣りは、夏の日の午後を海で過ごす方便なのだ。こんな釣りでは根こそぎ瀬を荒らす可能性はない…と、奇妙なところで感心し、呆れたことだ。

釣り人の常として、朝早く、ようよう夜が明ける頃に船を出したから、瀬に着き、本格的に?釣り始めて3、4時間はそこに浮いていただろうか、木の魚箱は小魚、雑魚で半ばまで埋まったのだ。昼過ぎに瀬を引き上げ、彼らの夫人たちが待つプウロッジという主に地元の人が週末の午後を過ごす内湾にラウートの舳先を向けたのだ。

舳先を向けたのは良いのだが、スペイン製トラックのエンジン、ペガサスを船用に転用したエンジンが、ゴホンゴホンと咳をした後、止まって動かなくなったのだ。こんな事態には大いに慣れているとみえ、ペペの叔父は少しも慌てず、デッキにある四角い蓋を取りはずし、下に潜り込み、何やらエンジンと格闘を始めた。

何度か下からの掛け声で、ペペがイグニションキーを回してスタートさせようとしたが、これを何度か続けるうち、当然のことだが、バッテリーが上がり、スターターモーターさえ回らなくなってしまったのだ。 

それでも、彼らは一向に慌てる風はなく、ユウユウと両舷に長く重いオールをセットし、ペペと叔父が掛け声よろしく、漕ぎ出したのだ。一度船が動き出すと、このやたらに煙る割りに力のないエンジンと変わらないスピードで進み始めた。
「この二人前馬力のエンジンの方が、燃料を食わないから安上がりだゾ…」とか冗談を飛ばし、掛け声をかけ、湾に向かった。

確かに船は進むのだが、この炎天下で長時間、重い船を漕ぐことはできない。私もバトンタッチして、ペペの父親とペアで漕いだのだが、これほど酷いコンディションの手漕ぎはなかった。打ち明けて言えば、私は僅かながら、12人で漕ぐカッター(cutter boat;大型手漕ぎボート)、14人の重いピンネース(pinnace;帆船)を漕いだことがある。カッターで内輪の草レースに出たことさえある。 

イビサ古式ラウートには、まず、漕ぎ手の座席がない。従って、デッキにジカに尻を降ろし座り込むことになる。問題は足の置き場がないことで、前方に投げ出すように伸ばすしかない。膝を曲げると、オールを引き戻す時に曲げた膝に当たる。ボートを漕ぐ時は、腰と足を安定させなければならない。足場がしっかりしていて、突っ張るとこができなければ、手にしたオールに力が伝らないのだ。

7、8分置きに漕ぎ手を交代したが、この短いローイングは、ガレー船の奴隷より悲惨だった。そうなるだろうとは初めから判ってはいたのだが、嫌な予感どおり尻の皮が剥け、水ぶくれになり、手も見事に水豆だらけになったのだ。

イビセンコは元々手の皮、尻の皮が厚いのか、いかにも平然と緩やかに漕ぎ続け、鏡のような内湾に漕ぎ入れたのだった。

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イビサで二番目の町サンアントニオの港風景

-…つづく

 

 

第50回:イビサ流ビーチパーティーの楽しみ方

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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