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■イビサ物語~ロスモリーノスの夕陽カフェにて
 

第50回:イビサ流ビーチパーティーの楽しみ方

更新日2018/12/20

 

入江の入り口には水深1メートルあるかないかの海中に岩礁が横たわり、おまけに幅も20メートルほどで、そこに隠れた内湾があることは地元の人でも余程の海好きでもなければ知りえない、ほとんど秘密のコーヴ(内湾)に我らのラウートを漕ぎ入れたのだった。

喫水の深いヨット、ボートは乗り入れることはできないし、小さな湾の入り口近くまで来ても、その奥に楽園のような湾があるとは気がつかないだろう。その曲がりくねった狭い入り口を通り、入江に乗り入れると、湾の奥にカセタ(caseta)と呼ばれる、小船を入れる掘っ立て小屋があり、干満の少ない地中海の海面から丸太を2本平行に並べその小屋に引き込んであった。

丸太の上を滑らすようにラウートをその小屋へ引き上げることができる仕掛けだ。そんなカセタにキャンプ用の大きな鍋や釜、テーブル用の板、4、5人は座ることができる頑丈一点張りの木のベンチが何脚も収納されていた。

caseta-01
入江にはカセタと呼ばれる小舟小屋があちこちにある(本文とは関係なし)

ゴロタ石の海岸に船を押し上げ、涼しげな松の木陰で私たちを待っていた女性軍と合流したのだった。

私たちが着いた時には、すでに細長いテーブルに不安定なベンチが木陰に置かれていた。カマドはもう何世代に渡って使われてきたのだろう、黒く焦げた石が上手に組み合わされたもので、その上に大きな鍋が据えられていて、すでにイモ、ニンジン、タマネギ、少量の米が煮えたぎっていた。味付けはオリーブオイル、オリーブの実、ニンニク、サフラン、そこらに生えているセージ、後は塩、胡椒だけだ。

メニューは “ギィシュ・デ・ペシュ”(=ギサド・デ・ペスカード;Guisado de pescado:魚の煮込み、ごった煮)だった。今漁ってきた小魚を、一応ハラワタを切り取って、頭は着けたままで放り込むのだ。小魚をすべて大きな鍋に入れ終わると、皆、我々5人と陸で待機していた女性軍ほかで総勢15、16人にはなっていたと思うが、長いテーブルに就き、前菜というのか、パン・パジェス(イビサパン)を自家製のオリーブオイルに潰したニンニク、ほんの僅かな塩、胡椒したものに軽く漬けバター代わりにしながら、これも自家製ワインのビノ・ パジェスを飲むのだ。つまみのオリーブの実も自家製なら、ワインも各家庭で絞ったものだ。

「お前のところのワインは、今年、少し渋みが強いのではないか…」「ウチもブドウの収穫を早やまりすぎて、アロマがないよ…」などと、持ち寄ったワインの品評会が始まったのだった。私には、どこの家庭のワインも同じように、渋く、喉に引っ掛かるような飲み口に思えるのだが、それぞれ一家言を持って、自家製ワインを飲み比べ、批評するのだった。彼らに言わせれば、どこのブドウ畑、ワイン醸造元でも、一番美味い絶品は門外不出で、自分たちが味わうため取って置くものだ、イビサのビノ・パジェスも同様で最高の品質だから、外には一切出さず、売らず、自分たちだけで飲むのだ、と負け惜しみじみたことをのたまうのだ。私が持参したスペインでは最上級とされている“マルケス・デ・リスカル” (Marques de Riscal)と“ファウスティーノ・プリメーラ”(Faustino I)も、「そんなに悪くない」と形なしだった。

1時間も経ってから、小魚のごった煮ができ上がり、相当変色したプラスティックのスープ皿と呼ぶより大きなボールに近い容器にテンコ盛り、ナミナミと注いだのを食べる段になった。ニンニクとオリーブオイルの香りを楽しめないなら、地中海料理を味わうことを諦めることだ。ニンニクとオリーブはあらゆる料理に付いて回る。

アンチグルメを自認している私だが、肉より魚に目が行くのは日本人のサガだろうか。ブイヤベース(bouillabaisse)はフランスの安レストランで、好きなだけ自分で盛って、食べてくれと言わんばかりに、大きな鉄鍋でデンと出されるようなところでずいぶん食べた。

スペインでは、“ソパ・デ・ペスカード”(Sopa de Pescado:魚スープ)や“ソパ・デ・マリスコス”(Sopa de Mariscos:魚貝類スープ)は大好物だった。当然のことだが、レストランの格式、入口に仰々しく飾られたフォークの数によって、中身が大幅に異なる。多少値の張るところでは、ロブスター、小エビが入り、アサリも大粒になる。それにしても、まずどこで食べても美味しいのだ。

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イビサの地元料理 “ギィシュ・デ・ペシュ”魚のごった煮

ところが、このイビセンコ(イビサ風)ブイヤベース“ギィシュ・デ・ペシュ”は他のどの海産物スープとは違っていた。あんな小魚を大量にぶち込むのだから当然といえば当然なのだが、ウロコと小骨だらけなのだ。多少濃い味付けではあるが、よく魚のダシが出ており、同時にニンニクで魚臭さを消していて、まずまず絶品だと言ってよいと思う。ただし、そのスープだけ飲むこと、イモ、タマネギ、お米だけを食べることは不可能なのだ。どこにでも小魚の小骨、ウロコが入り込み、口内にウロコが張り付き、小骨が刺さるのだ。

一旦口に入れたものを吐き出すのは、西欧のテーブルマナーに反する。日本人のようにしゃぶるように食べる、たとえスイカの種でも口からプイと吐き出すのは下品な食べ方だ…と日本で教えられたが、イビセンコ流の小魚スープは、スプーン一杯口に入れ、モグモグと口内でより分け、小骨、ウロコを吐き出すのが正統的遣り方なのだ。そのための小さ目のボールが用意してあり、口の中に指を入れでつまみ出した小骨、ウロコなどをそこへ入れる。テーブルに就いた全員がモグモグ、口、舌を動かし、余計なものを吐き出していた。

遅い昼食後には、少女の胴周りほどもある長楕円形のスイカが割られ、もう慣れ切ってしまった吐き出し方式で種をボールに飛ばしたのだった。


クラシックスタイルのカフェテラ、南欧の家庭で定番アイテム

そしてパーティーのシメは、カフェテーラ(cafetera;南欧の家庭で使われている2段式になっているコーヒーメーカーで、直火に当て、蒸気圧でコーヒーを通す)で淹れた濃いコーヒーに、もちろんコニャックを垂らしたカラヒージョ(carajillo)だ。

満腹し、アルコールが回ったら、後はシエスタしかない。それぞれが思い思いの木陰に横になり、昼寝態勢に入ったのだ。イビサでは時間の流れが緩やかで、イビセンコは何世紀も前からの心臓の鼓動と脈打つ血の中にユッタリとした体内時間を持っているかのようだった。

静かな海面の向こうにフォルメンテーラの島影が浮かんでいた。

-…つづく

 

 

第51回:3組のペペとカルメン

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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