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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第698回:未成線をトコトコと - とことこトレイン -

更新日2019/09/19



錦町駅舎は洋風の三角屋根。春に増改築されたばかりで、新築の木の香りが清々しい。新しい待合室に国鉄時代からの鉄道資料を展示している。土産物販売の棚とガラスのショーケース。しかし店員はいない。呼べば隣の事務室から来てくれるかもしれないけれど、帰りがけでも良いだろう。

錦町は錦川清流線の終点だ。しかし、まだ先がある。線路がない列車「とことこトレイン」だ。建設中止となった鉄道用地を舗装して、タイヤ式の列車を走らせている。終点は雙津峡温泉だ。次の発車は12時30分。なんと約1時間半もある。暑いけれど、駅前を散歩してみようか。まずはとことこトレインの駅を確認。戻って駅舎に入ると、タブレット閉塞機がふたつ並び、その間に胡蝶蘭が咲いている。そういえば、今年は錦川鉄道の開業20周年だ。

01
タブレット閉塞機と胡蝶蘭

少し町歩きをしてみようか。観光案内板に「錦町町ぐるみ博物館」とある。古い街並みと、寺と神社、映画資料館と旧御本陣。権現山に朝霞城趾、それはちょっと遠そうだ。歩き出したけれど、ちょうど道の方向に太陽があり、日陰もなくて暑くて参った。戦後の映画セットのような菓子屋があって、冊子の扉を開ける。ごめんください、と声をかけるとおばちゃんが出てきた。冷蔵ケースからカップ入りの宇治金時を出す。100円でいいよ、と言われた。消費税とか、細かいことは気にしないらしい。本当は108円どころか130円かもしれない。暑さに参って引き返す。

02
錦町の街並み

とことこトレインの乗り場は錦川清流線の線路の延長部にある。鉄道の駅から直接行けず、駅舎を出て坂道を迂回していく。途中に駐車場があって、クルマから出てきた家族連れの後ろをついて行く。軽ワゴン車ほどの機関車の後ろに、トロッコ風の客車が2両連結だ。公式サイトによると、2005年の愛知万博で園内を周回していたグローバル・トラムを譲り受けたそうだ。愛知万博ではトヨタの無人運転バスIMTSとローブウェーに乗った記憶。グローバル・トラムは気になったけれど、日帰りで時間がなくて乗れなかった。そういえばこんな車両だったな。

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とことこトレインの客車

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バッテリーカーが牽引する

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開放的な車両

とことこトレインは2編成あるけれど、今日は1編成だけの運行だという。人手不足である。運転士を募集中とのことだ。発車時刻になると2両編成は満席になった。発車するとすぐトンネルに入る。国鉄赤字ローカル線のうち、国鉄末期に作られた路線は高規格で、トンネルと高架橋を多用し真っ直ぐな線形になる。トンネル掘削技術が進歩したため、土地買収の必要がないトンネルが好まれた。踏切の設置が認められないため高架橋になる。

なにやらガイドさんが説明してくれるけれど、雑音が多くて聞き取りにくい。路面の状態が良くないか、列車の足回りか固いせいか、ガタガタと馬車のように揺れる。しかし、それ以外は快適だ。なによりトンネル内は涼しい。

06
きらら夢トンネル、歩ける

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きらら夢トンネル停車中

しばらく走ると、トンネルの壁が賑やかになってきた。とことこトレイン名物の「きらら夢トンネル」だ。6色の蛍光石を使ったアート作品で、ブラックライトを当てて光らせる。宇宙、深海、岩国の名物などが描かれている。作品は山口県内の有志。芸術専攻の大学生から小中学生、幼稚園児まで。とことこトレインはアートトンネル内で停車して、ゆっくり見せてくれた。トンネル内の走行中はうまく写真を撮れない。暗くてブレてしまう。停まっていればきれいに撮れる。アート作品は1796メートルのトンネルのうち600メートルにわたる。もしかしたら、これからも新たな参加者を迎えて作品が増えるかもしれない。

トンネルを抜けると高架区間になった。集落があり、川がある。この川は宇佐川といって錦川の支流だ。そして高架区間の途中に作りかけの駅がある。とことこトレインは小さいから、プラットホームの端が目の高さだ。鉄道が計画通り開通したとして、あの集落からこの高さの駅まで階段で上る設計だろうか。三江線の宇都井駅もたいそうな階段だったと言うし、餘部駅も細い坂を上らされた。年寄りにはきついから、乗客は少ないだろう。まるで赤字になるために作ったような路線である。使われなければ、がんばった建設作業員たちが浮かばれない。

08
造りかけのプラットホーム

そのもったいないという気持ちが、建設中止施設の活用につながった。この路線は岩日北線と言って、岩国と山口線の日原駅を結ぶ路線になるはずだった。岩国と日原を結ぶから岩日線。岩国と日本海沿岸の益田を結ぶ、陰陽連絡線を形成するはずだった。線路はなくてもトロッコ列車は運行できる。良いアイデアだ。ただし、運行は山口県内の区間のみ。島根県側もほぼ完成された路盤があると言うけれど、延伸予定はないという。

列車は二つ目のトンネルに入った。こちらに光るアートはない。しかし、トンネルにはコウモリが生息しているという。トンネル内壁に小さな黒い突起があって、ボルトやアンカーの類いかと思ったら、それがコウモリだった。とことこトレインが通り過ぎる間はじっとしている。しかし、トンネル出口をみると、光の中で飛び交うコウモリたちが見えた。

トンネルを出ると地上区間になった。河岸段丘というのか、山際を切り開いたか。民家もある。犬がいる。こちらには興味がなさそうだ。そして桜並木の道になった。開花の頃はピンクのトンネルになるだろう。これは鉄道建設と言うより、とことこトレインのために作られたようだ。観光客をもてなす仕掛けだ。春に再訪したくなった。

09
桜並木を行く

小さなトンネルを二つくぐって、終点の雙津峡温泉に着いた。鉄道ではないから、バスのロータリーのような造りになっている。道路の円の内側に屋根があり、待合室兼乗り場になる。とことこトレインはぐるりと回って停まった。このまま一緒に戻ってはつまらないから、雙津峡温泉へ行こう。シンガーソングライター、オオゼキタクさんから、イノシシ料理を出す店をオススメされている。宇佐川を渡った向こう側だ。トンネルの冷気で引っ込んだ汗が、また、吹き出す。

10
雙津峡温泉はロータリー式

-…つづく



杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

<<杉山淳一の著書>>

■連載完了コラム
感性工学的テキスト商品学
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デジタル時事放談
~コンピュータ社会の理想と現実
 
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■著書
『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法: 時刻表からは読めない多種多彩な運行ドラマ!』


列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法
杉山淳一 著


『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。』 ~日本全国列車旅、達人のとっておき33選~』

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