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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第699回:猪肉と通学路 - とことこトレイン 錦川清流線 錦町~川西 -

更新日2019/10/03



宇佐川にかかる赤い吊り橋を渡り、国道を少し進むと雙津峡入口という看板がある。そこから細い道を上ると「憩の家」という温泉施設に着く。とことこトレインの終点から徒歩5分だ。店内に入り立ち止まると、ここぞとばかりに汗が噴き出す。空調が心地よい。愛想の良いおじさんが出てきて入浴を勧められたけれども、食事をしてから考えると応えた。湯に浸かってくつろいだら、そこで身体の活動が停まってしまいそうだ。今日は岩徳線に乗り、さらに進んで新山口にたどり着きたい。そうすれば明日の早朝から宇部線と小野田線を巡れる。

01
赤い吊り橋の向こうに美味いものあり……

猪料理の献立は焼き肉と酒蒸しの二つある。焼き肉は刺身こんにゃく、煮物、茶碗蒸し、香の物、ご飯と味噌汁、メロン一切れで2,180円。ランチにしては贅沢だけど、名物を食べるなら惜しんではいけない。ここはやっぱり猪だ。おじさんが「猪は酒蒸しも美味いんだ。食べてってよ。単品で出すよ」と言う。受けて立とうじゃないか。

02
猪肉の焼き肉定食、奥が酒蒸し

そういえば、会社員時代に新宿の店で何度か猪豚鍋を食べたことがある。あれはとても美味かった。しかし猪は初めてだ。今風で言えばジビエ。豚や猪豚より野趣だろうと舌を構えた。肉そのものの味を知りたくて、テーブルにあったアジ塩で食べた。意外にも癖が少なく淡泊で、豚肉と似た味である。先ほどのおじさんが通りがかり、タレを使ってね、と言う。美味しいけれど、タレの味と香りが濃厚で、ますます豚の焼き肉に近くなる。

03
酒蒸しも美味

昼時を過ぎて客が少ないせいか、おじさんは私のそばで話しかけてくれる。付け合わせの油揚げとなすの煮物も美味いと言うと、うちは揚げるときにヒノキの薪を使うんだ、と言った。酒蒸しも美味い。焦げ目がない分、香りはおとなしいけれども、肉の甘みを引き出している。こちらはポン酢がついている。しかし、まずは肉の味を、とそのまま食べたら、これはポン酢が美味しいんだ、と言う。味付けなしで食べるたびにツッコミが入る。なんだかおもしろい。最後に温泉で入れたコーヒーを出してくれた。土産ものを物色し、冷房の空気に後ろ髪を引かれる思いで駅に戻った。

04
憩の家の食堂、窓が緑の絵画のよう

15時発のとことこトレインに乗って錦町に戻る。岩国行きのディーゼルカーは高校生たちで賑やかだ。女の子が多く、何人かは派手目な化粧をしている。デートかな。岩国へ遊びに行くのかな。あるいは観光施設のアルバイトか。そんなことをぼんやりと考えている。車窓は緑と川の景色。ただし、少し日が傾いているせいか、色味と川面の輝きが違う。女子高生も景色も、朝夕で表情が変わる。

05
錦町駅に戻る。元烏山線の気動車が試運転から戻っていた

青春の通学路。誰もがスマホを眺めイヤホンを使う。10年ほど前まで、通学時間帯の列車はもっと賑やかで、乗り合わせるとうるさく感じることもあった。ローカル線の風景も変わったな。私もスマートホンでSNSをチェックする。知人の息子さんが通う高校の野球部が甲子園で優勝したそうだ。その息子さんも野球部員の新入生である。

川沿いの根笠駅から、ハイキング風の人々が30人くらい乗ってきた。老若男女とりまぜた団体だ。清流の滝を通りすがり「しみチョロだなあ」と誰かが声を上げ、笑い声が伝播する。彼らは北河内で降りた。基本的には山歩きで、ここだけ列車に乗るというコースだろうか。楽しそうな集まりだ。

06
岩徳線と錦川清流線の分岐点

岩徳線の分岐点、川西駅に着いた。17時06分。外は明るいけれども、錦帯橋に行く力は湧いてこない。錦帯橋に立ち寄ると、明るいうちに岩徳線を踏破できないかもしれない。プラットホームにユニホーム姿の高校生男女が大勢いた。男子は真っ黒に日焼けしている。私が降りた列車に乗らなかったから、彼らも岩徳線の乗客である。

07
川西駅に錦川鉄道の起点標があった

川西駅のプラットホームは高い場所にあり、トイレは階段の下にある。高校生の流れに逆らって階段を降り、別の集団と供に上ってくる。高校生は先ほどの倍くらいに増えて、50人くらいいそうだ。錦川清流線は1両だったけれど、岩徳線は何両でくるだろう。1両では足りないな、と思ったら、国鉄型キハ47、通称タラコ色の2両編成がきた。

08
川西駅は岡の中腹にある

懐かしいと思いつつ車内に入ると、客室は通勤通学向けに改造されている。ボックスシート四つのほかはロングシートだ。1両目は満席。2両目は座席がすべて埋まって立ち客もいる。ワンマン運転で1両目は乗降がある。2両目は人の動きが少ない。高校生諸君は2両目が好きらしい。まるで部室だな。しかし相変わらず静かで、まるでスマホ部のようだ。

09
岩徳線は2両編成だった

-…つづく



杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。「鉄旅オブザイヤー」最終選考委員。

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■連載完了コラム
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■著書
『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法: 時刻表からは読めない多種多彩な運行ドラマ!』


列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法
杉山淳一 著


『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。』 ~日本全国列車旅、達人のとっておき33選~』

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