第193回:山の冬、停電の夜と静けさの音
長い山の冬がやってきました。毎朝、外に出してある寒暖計を見て、「ワーッ、零下20度だ」「今年の冬の新記録だ」と言いながら一日が始まります。
でも、山の冬は楽しいことのほうが多いです。確かに、気象庁的に気温は低いのですが、乾燥しているので、骨に染み込むような寒さではありません。去年の11月にシアトルで過ごした雨の日の方がズーッと冷たく感じます。
冬の楽しみはなんといっても雪です。毎晩とは言いませんが、うっすらと積もった雪の朝はそれはそれは綺麗で、その上に残っている動物の足跡も可愛らしく、幸せな気分になります。
大きなマウンテンライオンの足跡を家の周りに見つけた後、何日かは、普段かけたことのないドアに鍵をかけたりしましたが、マウンテンライオンが「ごめんください」と、ドアから入ってきた話は聞いたことがありませんから、余計な心配なのでしょう。
ウチの仙人は、雪の上に残された足跡を毎朝読むのをシゴトにしており、これは狐がウサギを狙った跡だとか、子連れの鹿だとか、レベルの低い推理小説のようなことを言っています。
雪が深くなると、カンジキを履いたり、山スキーを履いてダイヤモンドダストを蹴散らしながら散歩します。雪の上だと、どこにでも行けるので、急に自由になった気持ちになります。
吹雪の日に森を歩くのも楽しいですが、家に籠もって薪ストーブの前で、半分は外の景色を見ながら本を読むのも最高です。薪ストーブの前面がガラス張りになっているので、燃える薪ををボーッと見るともなく眺めるのもいいものです。
昨夜は猛吹雪になり、今年4度目の大停電になりました。でも、ウチの仙人の開拓者気取りの準備のおかげで、停電で困るようなことはありません。暖房は薪ストーブだし、部屋の空気を巡回させるファンは太陽電池、料理もストーブの上で、明かりはケロシンランプとローソクと、かえって停電を楽しんだほどでした。
ストーブの上に分厚い鋳物のフライパンを載せ、試しにケーキを焼いてみたところ、なんと電気のオープンで焼くよりふっくらと綺麗に焼けました。
停電になって気が付いたのですが、夜がとても長く、静かなのです。雪がすべての音を吸収してしまうのでしょう。それに、普段意識しないコンピュータの低いブーンという音、冷蔵庫の音などが全くなくなり、耳の奥にシーンと静まり返った、サウンド・オブ・サイレンス、静けさの音だけが聞こえるのです。時々、薪がはじける音だけが耳に入ってきます。こんな静けさが世の中に存在するのを忘れていました。
テレビ(この頃レンタルDVDにはまり、毎晩のように一本ずつ映画を観ていましたので)、ラジオ、パソコン、電話がないだけで、こんなに静かな夜を過ごせるのが驚きでした。
普段余りしゃべらないウチの仙人さえ、珍しく昔のヨット時代の話など、ぼそぼそと始めたくらいです。
雪の夜の停電は、忘れていたほのぼのとした喜びを教えてくれたような気がします。
第194回:年賀状とクリスマスカード
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