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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第448回:特別待遇を受ける軍人~右傾化する米国

更新日2016/01/21



近頃、アメリカ国内で飛行機に乗る時、搭乗券に搭乗順番号が付けられています。搭乗の順で1番から5番くらいまであり、よく使うユナイテッド航空では、私たちはマイルが貯まる何とかメンバーなので2、3番の乗機順になっていて、オオこれはだいぶ先に乗れるし、頭の上にある荷物入れのスペースの取り合い、押し合いをしなくてすみそうだ…と、4、5、6番目の乗客にひそかな優越感に浸ったことです。

ところが優先搭乗の案内で、身体障害者、赤ちゃんを連れた人は分かりますが、ダイヤモンド会員、サファイア会員、ファーストクラス、ビジネスクラス、そして軍人、元軍人(ヴェテランと呼んでいます)まで続々と私たちより先に乗り、これらの最優先搭乗の特権を受けている乗客の方が格安切符で辛抱強く待たされる人よりはるかに多いことに気が付きました。3番目以下の人は、旅慣れしない、めったに飛行機に乗らない田舎の人や年寄りばかりなのです。

ロスアンジェルスやシアトル、サンフランシスコなどの大きな空港には、現役の軍人、退役軍人だけが利用できるシャワー、スナック、ドリンク付きの特別室が設けられています。それを盛んに空港内でアナウンスし、兵隊さんやヴェテランに利用を促しているのです。

空港にある特別待合室を実際に見たことがないので、少し遠慮しながら言わせてもらえば、そんな施設は10年前になかったし、現役の軍人、退役軍人をアガメタテマツル習慣もなかったように思います。

いずれにしろ、そんな施設は税金で賄われているのです。タダかタダ同然の航空運賃しか払っていない兵隊にどうしてそこまでしてやる必要があるのか…不思議な現象です。

街中のレストランでも、軍人、退役軍人割引を行っているところがたくさんあります。レストランだけでなく、スポーツ用品店(主に銃や釣り道具)、大手の建築材料屋など軒並みに軍人割引をしています。

なんとなく、行きがかり的に親しくしている96歳のおじいさん、ディーン・ポールさんも知り合った8年前には、戦争は愚かなことだ、ドイツで第二次大戦を戦ったが、ドイツ兵もタダ上官の命令に従っただけで、私と全く同じだ。勝った負けたは一兵卒にとって運の問題だけだと…、しっかりした、開けた意見を述べ、大学の歴史の授業に生き証人として招かれ、ドイツでの戦線の体験をひ孫くらいの学生に披露していました。

ところが最近、大きく"Veteran"と金色の刺繍した野球帽を被り始め、しかも、ゴチャゴチャとメダル、バッジの類いをその帽子の周囲に付け、スペースが足りなくなったのか、ジャケットの胸にもバッジを付けた様相で闊歩し始めたのです。

そんな彼に、日に何人もの見知らぬ人が、「この国を守ってくれてありがとう」「アメリカのために立派に義務を果たしてくれてありがとう」と声を掛けてくれるのだそうです。私のダンナさんは彼の家の冬仕舞いとか、春先には冷房の設置などやってあげていますが、「ディーン、どうしてこの頃その醜い帽子を被っているのだ、俺にくれないか? 俺がカミカゼの帽子を被っていたら割引が利くのか?」と悪い冗談を言っています。ディーンお爺さんは、「イヤ、これを被っているとどこでも割引が利くからね~」と照れ隠しを言っていました。

忘れられた戦争である朝鮮戦争、そして不人気で思い出したくない戦争=ベトナム戦争の時には、全く逆のことが起っていました。ベトナム戦争の時には市民の反戦運動が盛り上がり、軍隊の中でさえ反戦グループがいくつもあり、不服従、前線逃亡という軍人にとっては強制労働懲役25年、無期懲役になるかもしれない危険を冒してまで、何千人という兵隊さん、将校たちが反戦運動を行っていました。 

《その時の実録はたくさん出版されていますが、記録映画として『Sir, No Sir!』(David Zeiger監督)が分かりやすく、軍内の反戦運動を捉えていると思います。》

ベトナムでの負け戦からアメリカに帰還した兵隊さんはツバを吐きかけられ、恥を知れ、お前たちはアメリカの恥だと罵られていました。

昨日何を食べたのか思い出せないくせに、時折異常な記憶力を発揮するウチのダンナさんがまたも私を驚かせるように、本多勝一さんの『アメリカ合州国』という本を引っ張り出し、黒人のブライ軍曹がベトナムから帰還した模様を取材したページをサッと探し出し、読んでくれました。

ブライ軍曹は勲章を10個も貰うほど優秀な兵隊でした。基地内の飛行場ではミス・タコマや地元の少年野球チームに歓迎されましたが、市内のパレードでは反戦グループのデモにあっています。それから、ブライ軍曹のノースカロライナの実家近くの基地に飛び、着陸した時には家族の出迎えすらなく、地元のラジオ局のインタヴュアーが一人いるだけで、形式的に3分ほどのベトナム戦争の英雄と話しただけだったとあります。 

ベトナム戦争は負け戦ですから、誰もが忘れたがっており、それに参加したことは恥でこそあれ、世間に自慢できることではなかったのです。それが、この十数年の間にすっかり変わってしまい、"兵隊さん、お国のためにありがとう"ムード一色になってしまいました。あの9.11ワールドトレードセンタービル事件以来、アフガニスタン、イラクに復讐のために戦争を仕掛け、泥沼に足を取られているのですが…。ちなみに、現在アメリカの兵隊さんは義務兵役ではなく、すべて給料を貰っている募兵です。

そんな変化にアメリカの右傾化を見、軍国主義への足音を聞くのは私だけではないでしょう。軍人が威張りだし、幅を効かせ始めると、あるかなきかの人道主義と、どうにか保っている民主主義が衰退していくのは歴史が教えてくれるところなのですが…。

 

 

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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