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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から
 

第787回:民族移動と政治腐敗

更新日2023/01/26


喉元過ぎればナントヤラで、連日激しいミサイル、ドローン攻撃を受けているウクライナのニュースは影をひそめ、テレビのニュースでも大きく取り上げられることが少なくなって来ました。

私たちが住む高原台地では、どういう風の吹き回しか、天上の電波のイタズラかメキシコのスペイン語放送が受信できます。ニュースはもっぱらそっちの方を観ています。

毎日大きな時間を割いて報道されるのは、メキシコとアメリカの国境地帯で寒さに震えている移民の群れのことです。国境に設けられた高い塀の隙間をやっと通り抜ける人々、冷たい川を渡る人々、毛布に包まり国境のフェンスにもたれるようにキャンプしている膨大な数の移民の映像が映し出されます。それはもう悲惨な難民の大群と呼びたくなるほどです。

アメリカでは様々な条件を付けて、主に人道的な観点から政府に圧力を掛けて難民を受け入れています。それが1日当たり1万人にもなります。2022年には275万人に及んでいます。もちろん、そんな膨大な移民を受け入れるための施設、病院、学校も整っていません。一旦、アメリカに入国を許されても、行くところがなく、国境近くの町の公民館、教会、地元のボランティアの家庭で雑魚寝をしています。

地元では、もうこれ以上受け入れるスペースがない、物理的に不可能だ……と訴えています。これに加えて、キューバ、ハイチなどから、船と呼べない浮遊物で海を渡ってフロリダ州のキーウェストを漂着する難民が25万人(コロナ禍以来)に及びます。

もともと、大量の移民を受け入れることに反対していたテキサスやアリゾナの州政府は、北部の州の連中はキレイゴトばかり並べて、汚れ仕事を俺たちに押し付けている…とばかり、移民、難民をバスに乗せ、ニューヨークやボストン(民主党が大勢を占める)に送り付けるようになってきました。バスのチャーター料金はテキサス、アリゾナ州が払っていますが、大量の難民を食べさせ、地元に置いておくのに比べ、バスのレンタル料金なんか、微々たるものだそうです。

終いには、難民受け入れ政策を推進していた民主党の代表、ナンシー・ペロシ(Nancy  Pelosi)のカリフォルニアの自宅の前に、“お前の家に彼らを収容しろ”とばかり、難民を満載したバスを送り込んだりしており、移民、難民問題は、大きな政治的な争点になってきています。

メキシコの北部、アメリカの国境に殺到している移民難民の集団の半分以上はメキシコ以外の国、ベネズエラ、コロンビア、パナマ、エルサルバドール、グアテマラ、ホンジョラスなどからの人たちで、まさに長大な距離を難民運び屋トラックに乗ったり、歩いて国境まで辿り着いています。

途中、マフィア的な運び屋にお金を盗られたり、誤魔化され丸裸にされ、メキシコの荒野に捨てられたり、やっと国境に辿り着き、そこで何日も何ヵ月も待たされ、それならいっそのこと、違法と知りつつ、川を歩いて、泳いで渡る…ということになるのは当然と言えば当然のことでしょう。

7、8本のドキメンタリーや難民集団に加わって、彼らの悲惨な移動を共にした記録を読むと、なぜ、どうして、こうまでしてアメリカに来たがるのか不可思議な気さえします。彼らが目指すアメリカ合衆国はそれほど良い国ではないし、パラダイス、ユートピアとはかけ離れたところだと分かっていないのではないかとさえ思うのです。

パナマからでも、メキシコと北米の国境まで大変な距離ですが、ベネズエラからだと気の遠くなるなるような長旅です。ヨットでクルージングしていた時代、何度かベネズエラに行き、長期滞在し、かの国を多少は知っているつもりですが、ベネズエラは本来とても豊かな国なのです。

第一、オイル(石油)が出るし、肥えた農地もあり、農耕も盛ん、おまけに水産資源、漁業でも十分に食べ物を得ることができるという、食料は十分以上に生産できている国なのです。それでいて、なぜ大量の難民、母国を出たがる人がこんなにいるのか不思議な気がします。中部アフリカの国々のように干魃で食べものがない、飢えているわけではなさそうなのです。

大量の難民を生んでいる国に共通して言えることは、政治的に不幸だということだと思います。ごく少数の政治家、企業家が政府を牛耳っており、親族や政府要人の覚えめでたき知人などが利益を独占しているという現象が顕著にみられるという共通点があります。

私はいつも、誰が好き好んで母国を離れ、実態の知れない遠国まで行き、言葉も不自由なところで暮らしたがるものか、多少貧しくとも、故郷で暮らしたい、生涯をそこで過ごしたいというのが自然な感情だと思っていました。ところが、私の生ぬるい感覚では判断しきれないほどの、ほとんど命を賭けた脱出、死ぬか生きるかの旅程を経て彼らが国境に辿り着いていることに、むしろ唖然とさせられました。彼らの大半は自国に帰ることなど考えていないのです。

お隣のカナダは移民、難民を積極的に受け入れている国です。全人口の24%は一世の移民です。カナダでは労働力が決定的に不足しているので、移民を受け入れ、仕事に就き、税金を払ってもらい、一人前のカナダ国民になってもらうのが基本政策だそうです。もっとも、移民の多くはフィリピン、インドなどの国ですでにその分野(看護婦さん、医師、コンピューターの技師など)でプロとして働いていた実績を持つ人が移民として受け入れられ、優先されます。

アメリカは移民、難民に対しどうしたら良いのか、まず英語教育を徹底させ、と同時に職業訓練を施す…などと教条主義的なことを言うのは簡単ですが、実際のところ、これだけたくさんの人に寝る場所を確保し、衣食の世話するだけでも大変なことです。

私自身、移民、難民に同情しますが、何家族かを私たちの家に預かり、食べさせ、独立するまで世話ができるかと言われれば、ウーン、それは難しい、はっきり言えばできないと答えるより他ありません。

国境の町で難民救済に携わっている団体に少額の寄付を送る程度でお茶を濁すしかない有り様です。全くのエゴなのは分かっているのですが、私たちの生活、この人里離れた森の中での暮らしを誰にも邪魔されたくない感覚をとても強く持っているです。難民の世話をしている地元の人たちを尊敬してはいるのですが……。

 

 

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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